
このコラムは、Podcastラジオ “社労士吉田優一の「給与設計相談室」” 第50回の配信をもとに書かれた記事です。
Podcastでは、給与・報酬の設計を中心に、会社を経営していくうえでぶつかる人事の課題についてお話ししています。ぜひフォローをお願いします!
企業の機密情報を守るための給与設計とは?
「最近、同業他社に転職した元社員が、うちの顧客リストを持ち出していたかもしれない…」
こんな不安を抱えたことはありませんか?企業の成長を支える重要な資産である顧客情報や独自のノウハウ。その価値が高まる一方で、情報漏洩のリスクも年々深刻化しています。
実は、機密情報を守る鍵は、監視システムや物理的なセキュリティ対策だけではありません。従業員の意識と行動に働きかける「給与設計」にこそ、本質的な解決策があるのです。
「営業秘密」の正しい理解から始める情報管理
「うちのような中小企業に、それほど重要な秘密情報はない」
そうお考えの経営者の方もいらっしゃるかもしれませんが、実は「営業秘密」は特別な研究開発部門だけのものではありません。
身近にある営業秘密の例
- 長年かけて築き上げた顧客リスト
- 営業担当者が培った独自の営業ノウハウ
- 飲食店における秘伝のレシピや調理法
- 製造業における独自の技術や製造工程
これらはすべて、企業の競争力の源泉となる立派な営業秘密です。
ただし、これらの情報が法的に保護されるためには、企業自らが「これは秘密情報である」と明確に定義し、それを守るための具体的な管理措置を講じる必要があります。つまり、人事労務担当者が行う情報管理の仕組みづくりは、単なる事務作業ではなく、会社の無形資産に価値を与える重要な経営活動そのものなのです。
情報漏洩対策の基礎:就業規則と3つのタイミングでの誓約書
まずは就業規則や社内規程で明文化
情報管理体制の第一歩は、ルールを明確に文書化することです。就業規則や雇用契約書に、会社の情報を社外に持ち出したり漏洩させたりしてはならない旨を明確に規定します。
これにより、秘密保持が従業員の遵守すべき明確な「約束事」となり、問題が発生した際の対応根拠となります。
3つの重要なタイミングでの誓約書
就業規則への記載だけでは不十分です。より実効性を高めるため、従業員の入社から退社までにおける3つの重要なタイミングで個別に誓約書を取り交わすことが効果的です。
1. 入社時
これから共に働く仲間として、会社のルールと情報資産の重要性を最初に共有
2. 退職時
情報持ち出しのリスクが最も高まるタイミングで、退職後も守秘義務を負うことを再確認
3. 昇進時
最も見落とされがちですが極めて重要。主任、課長、部長へと昇進するにつれ、アクセスできる情報の機密レベルは格段に上がります。役職に応じた責任と義務を改めて自覚してもらうため、昇進のタイミングでの新たな誓約書は不可欠です。

抑止力と意識付けを両立する「秘密保持手当」の戦略的活用
就業規則や誓約書といった基礎対策をさらに強化する、一歩進んだ手法が給与設計への展開です。その代表例が「秘密保持手当」の導入です。
秘密保持手当とは
会社の秘密を守るという特別な義務に対して、月々1〜2万円程度の手当を支給する制度です。この手当には、二つの大きな戦略的意図があります。
効果1:心理的な意識付け
従業員は毎月の給与明細で「秘密保持手当」という項目を目にすることで、「自分は会社の重要な情報を守る責任を負っている」という意識を常に持ち続けることができます。
効果2:法的有効性の強化
秘密保持という義務に対して会社が具体的な対価を支払っている事実は、その義務の重要性を客観的に示す強力な証拠となります。
さらに、就業規則に「情報漏洩があった場合には手当の返還を求めることがある」といった規定を設けることで、不正行為に対する強力な抑止力として機能させることも可能です。
円満退職を促す「退職金制度」の戦略的設計
最もリスクが高い退職時への対策
従業員による情報持ち出しのリスクが最も高まるのは、残念ながら退職時です。会社との関係性が希薄になった状態では、「最後くらいは」という気持ちから、顧客リストなどを持ち出してしまうケースが後を絶ちません。
この最も脆弱なタイミングでのリスクを管理するために有効なのが「退職金制度」です。
退職金制度の戦略的効果
退職金は単に長年の功労に報いるものではなく、「円満に、そして会社のルールを最後まで守って退職してもらう」ためのインセンティブとして設計できます。
退職時にまとまった金額が支給されるという見通しがあれば、従業員は「退職金を受け取るまでは、問題行動を起こさずにきちんと引き継ぎをしよう」という心理状態になりやすいのです。
これは不正防止だけでなく、重要な業務引き継ぎを円滑に進める効果も期待できます。退職金制度は、従業員の退職という避けられないイベントを、双方にとって利益のある最後の取引として完結させるための戦略的ツールなのです。

攻めの情報管理が特に重要な企業とは
これらの施策は、どのような企業で特に有効なのでしょうか。それは、情報の価値が事業の根幹を直接的に支えている企業です。
該当する業種・業態の例
- 製造業:あえて特許を取得せず、独自の製造ノウハウを社内の秘密として管理することで競争優位を保っている企業
- コンサルティング会社:顧客との深い関係性や詳細な顧客リストそのものが収益の源泉となっている企業
- 代理店業:取引先との関係性や営業ノウハウが競争力の核となっている企業
このような会社にとって、情報の流出は単なる損害ではなく、事業の存続を揺るがしかねない致命的な一撃となります。
特許という公的な保護を選ばず、自社内での「秘密管理」を選択するということは、その防衛ラインを法務戦略から人事戦略へと移すことを意味します。その場合、秘密保持手当や退職金といった施策は、単なる人件費ではなく、会社の最も重要な資産を守るための「防衛投資」と位置づけるべきなのです。
まとめ:プロフェッショナルな情報管理文化を育む
企業の機密情報を守るためには、就業規則の整備といった基礎的な土台作りから、給与設計という応用的なアプローチまで、貴社の実情に合わせた体系的な仕組みづくりが不可欠です。
重要なポイント
- 就業規則での明文化と3つのタイミングでの誓約書で基礎を固める
- 秘密保持手当で従業員の意識付けと法的根拠を強化
- 退職金制度で最もリスクの高い退職時の円満処理を促進
- 情報が事業の核となる企業では、これらは「防衛投資」として捉える
これらの施策は、従業員を疑うためのものではありません。情報という重要な経営資産を尊重するプロフェッショナルな文化を育むためのものです。攻めの情報管理体制を構築することは、変化の激しい時代において、企業の持続的な成長を支える強固な基盤となります。
社会保険労務士法人ONE HEARTでは、秘密保持手当や退職金制度の設計を含め、貴社の重要な情報資産を守るための労務管理体制の構築をトータルサポートいたします。自社の情報管理に少しでもご不安がございましたら、ぜひ一度、無料相談をご利用ください。専門家が貴社の状況に応じた具体的なソリューションをご提案いたします。
また、社会保険労務士法人ONE HEARTはITツールを組み合わせて、効率的な労務管理を作り、会社の発展に貢献します。急成長するスタートアップから、長年続く老舗企業まで、幅広いクライアント様をご支援させていただいています。
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執筆:吉田 優一(社会保険労務士法人ONE HEART 代表・社労士)
社会保険労務士法人ONE HEARTの代表社労士。慶應義塾大学中退後、社会保険労務士試験に合格。その後社会保険労務士法人に勤務し、さまざまな中小企業の労務管理アドバイス業務に従事する。その中で、正しいノウハウがないためヒトの問題に悩む多くの経営者に出会う。こうした経営者の負担を軽減しながら、自らも模範となる会社づくりを実践したいという想いから、社会保険労務士法人ONE HEARTを設立。