このコラムは、Podcastラジオ “社労士吉田優一の「10分で労務がわかるラジオ」” 第207回の配信をもとに書かれた記事です。
Podcastでは、給与・報酬の設計を中心に、会社を経営していくうえでぶつかる人事の課題についてお話ししています。ぜひフォローをお願いします!
「またあの社員の件で話し合いです。ここまで来たら、もう懲戒処分しかないでしょうか」
経営者の方や人事のご担当者から、こうしたご相談をいただくことがあります。
問題が表面化してからの対応は、就業規則の確認、事実関係の調査、本人への聞き取り、記録の整備と、時間も気力も相当に削られます。それだけの労力を注いでも、職場の空気が以前どおりに戻るとは限りません。周囲の社員が「次は自分かもしれない」と身構えてしまうこともあります。
会社の先を見据えるなら、処分の手順を磨くよりも、問題が起きにくい状態を先につくるほうが確かな道です。今回は懲戒処分に頼らない会社運営という視点から、日々の労務管理で押さえておきたい要点を整理します。
労務管理の軸足を「事後対応」から「未然防止」へ移す
私はこれまで、問題社員対応や懲戒処分といった事後対応のテーマを数多く扱ってきました。起きてしまったことにどう向き合うかという議論は、当然ながら欠かせません。
ただ、厚生労働省の総合労働相談コーナーに寄せられる相談を見ても、いじめ・嫌がらせや労働条件をめぐる個別労働紛争は高い水準で推移しています。トラブルが表に出てからの対応は労使双方の負担が重く、そこから生まれるものは多くありません。
だからこそ、予防に軸足を移す意味があります。日々の労務管理と対話のあり方を見直すだけでも、社員が意欲を持って働ける環境は着実に近づきます。
問題行動の背景にある「会社を軽く見る気持ち」
問題行動の現れ方は人それぞれですが、私が現場で感じるのは、会社を軽く見ている人ほど問題行動に傾きやすいということです。「どうせ長くいる職場ではない」「この仕事は次までのつなぎだ」。そんな気持ちが芯にあると、業務への姿勢はどうしても緩みます。
では、その空気をどう防ぐか。会社が働きぶりをきちんと見ていること、そして「ここで活躍してほしい」という意思を、繰り返し伝えることに尽きます。厚生労働省の労働経済の分析でも、働く人の主体性を引き出すには企業側からの継続的な働きかけと対話が欠かせないと示されています。関心を向けられている実感こそが、自らを律する土台になります。
期待成果を先に伝え、入社時の認識のズレをなくす

一つ目の具体策は、入社時、できれば内定の段階で、期待する成果を言葉にして手渡すことです。
労務トラブルの多くは、期待成果の食い違いから生まれます。会社は一定量の成果物を思い描いているのに、本人は遠く及ばない量で「こんなものだろう」と考えている。ありがちなのは、そもそも合格ラインが本人に伝わっていないという状況です。
「先に言ったら説明、後に言ったら言い訳」という言葉があります。正社員としての合格ラインはどこか、営業職ならどの程度の担当売上を担うのか。あらかじめ具体的に示しておく一手間が、その後の運営を大きく左右します。
基準を先に共有しているからこそ、成果が届かなかったときに「ここがまだ足りていません」と静かに伝えられます。会社を軽く見ていい環境ではないと理解してもらう、最初の一歩でもあります。
フィードバックの積み重ねが「見られている」実感を育てる

続いて取り組みたいのが、見る側と見られる側の関係を曖昧にしないことです。
「うちで何をやりたいですか」「今それができていますか」と折に触れて問いかける。先日の仕事について「あの進め方は良かったですね」と具体的に言葉にする。この小さな積み重ねが、想像以上に効きます。
良い点を認めたうえで「もっとこうしてみては」と添える、グッドアンドモアの視点も有効です。良い点と改善点を対にして返すため、指摘だけが心に残らずに済みます。
期待成果を継続的に確認し、対話を絶やさない。真剣に向き合う上司がいる場では、問題行動そのものが起こりにくくなります。反対に上司の関心が薄れると、多少のことは見過ごされると受け取られかねません。
惰性の昇給を避け、人事評価制度で客観性を担保する
実務で気をつけたいのが、惰性のまま昇給させてしまうことです。
期待成果に届いていないのに、勤続年数が長いから、他の社員も上げているから、と処遇だけを引き上げる。これは本人のためになりません。実力が伴わないまま給与が上がると、人は自分の力を実際より高く見積もります。
自己認識と客観的な評価の差が開いたまま年数を重ねると、そのつけは後になって本人に返ってきます。経営者の交代や上司の異動で評価の方針が変われば、実力相応の成果を改めて求められる場面が訪れます。そこから走り出すのは、決して容易ではありません。転職を考えても市場の評価が伴わず、行き場を見失って意欲を落とす。そうした姿を、私は何度も見てきました。
だからこそ、成果が届いていない社員には、なぜ今回は昇給を見送るのかを正面から説明する。その役目から逃げないことが上司の務めだと考えています。そして、この説明を個人の力量任せにしないための仕組みが人事評価制度です。
会社の成長が健全な新陳代謝を生む

最後の要点は、会社自身が歩みを止めないことです。
成長する会社では新しい部署が立ち上がり、新規事業が動き出します。経営者もスタッフも、未経験の仕事に向き合わざるを得ません。その環境では、前を向いて挑む人が自然と評価されます。
一方、決められた業務をなぞるだけで会社を軽く見ている人は、次第に居心地の悪さを覚えます。やがて、より緩やかな職場を求めて自ら次の場所へ移っていきます。
人が去るのは寂しいものですが、これは組織の健全な新陳代謝でもあります。問題行動が表に出る前に本人が進路を選び直すのであれば、それもまた未然防止の一つのかたちです。意欲ある人材が残っていくことで、組織は静かに強くなっていきます。
まとめ
懲戒処分に頼らない会社運営の要は、期待成果を先に伝えること、日々のフィードバックで見ている姿勢を示すこと、そして惰性ではなく客観的な基準で処遇を決めることにあります。いずれも大がかりな仕組みではなく、明日から始められる労務管理の積み重ねです。
そのうえで会社が成長を続けていけば、問題行動の生まれにくい風土が育ちます。処分の手順を整えることと同じだけ、その手前の環境づくりに目を向けていただきたいと考えています。
私たち社会保険労務士法人ONE HEARTでは、急成長を遂げる企業の皆様に向けて、経営者様もスタッフ様も後悔しない働き方の設計をお手伝いしています。合格ラインの明確化、評価基準の整備、労務トラブルを未然に防ぐ人事評価制度の構築など、御社の実情に沿ったご提案が可能です。
また、社会保険労務士法人ONE HEARTはITツールを組み合わせて、効率的な労務管理を作り、会社の発展に貢献します。急成長するスタートアップから、長年続く老舗企業まで、幅広いクライアント様をご支援させていただいています。
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執筆:吉田 優一(社会保険労務士法人ONE HEART 代表・社労士)
社会保険労務士法人ONE HEARTの代表社労士。慶應義塾大学中退後、社会保険労務士試験に合格。その後社会保険労務士法人に勤務し、さまざまな中小企業の労務管理アドバイス業務に従事する。その中で、正しいノウハウがないためヒトの問題に悩む多くの経営者に出会う。こうした経営者の負担を軽減しながら、自らも模範となる会社づくりを実践したいという想いから、社会保険労務士法人ONE HEARTを設立。


