このコラムは、Podcastラジオ “社労士吉田優一の「10分で労務がわかるラジオ」” 第163回の配信をもとに書かれた記事です。
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「会社に一度寄ってから現場に向かうのですが、この移動時間は労働時間に含めるべきですか?」
建設業や営業職、訪問系サービス業を営む企業の労務担当者から、こうした相談を受けることがあります。一見シンプルな疑問に見えますが、判断を誤ると36協定(時間外労働に関する労使協定)の上限に抵触するリスクがあり、後から大きなトラブルに発展するケースも少なくありません。
移動時間が労働時間に当たるかどうかは、「会社の指揮命令下に置かれているかどうか」という一点に集約されます。今回は、この原則を軸に、労務担当者が現場で判断に迷いやすいポイントを順を追って整理していきます。
労働時間と移動時間|判断を難しくする業種の特性
移動時間の取り扱いが問題になりやすいのは、業務の性質上どうしても移動が多くなる業種です。建設業では、会社で資材や道具を積み込んでから現場へ向かい、帰りも会社に立ち寄って資材を返却することが珍しくありません。保険営業では、個人情報保護の観点から顧客情報を会社で一元管理しているため、毎朝出社してから顧客先へ向かうという流れになります。訪問看護や家事代行といった訪問系サービス業でも、同様の構造が見られます。
こうした業種では、会社に立ち寄った時点から業務が始まっていると判断されやすく、一日の拘束時間が自然と長くなります。売上や収益の面では問題がなくても、時間外労働の時間数が36協定の上限に近づいてきて、どのように管理すればよいかと頭を抱える担当者の方は多いのではないでしょうか。
労働時間管理の問題は、適切に対処しなければ未払い残業代の請求や労働基準監督署からの是正勧告につながります。だからこそ、移動時間の取り扱いについて正確な理解を持っておくことは、実務担当者にとって欠かせない課題です。
労働時間に該当しない移動時間|通勤・直行直帰・出張の考え方
まず、移動時間が労働時間に含まれないケースを整理します。最もわかりやすい例は通勤時間です。電車の中で何を読んだり音楽を聴いていようと、過ごし方は完全に本人の自由であり、会社の指揮命令は及びません。こうした時間は労働時間に該当しないというのが一般的な考え方です。
次に、直行直帰の場合です。自宅から直接お客様先へ向かい、そのまま帰宅するパターンでは、通勤と同様の自由な移動として扱うことができます。出張に伴う移動時間も、特別な業務上の指示がない限り労働時間には含まれないとするのが一般的な整理です。
これらに共通するのは、会社から特定の行動を義務付けられておらず、移動中の過ごし方が労働者自身の裁量に委ねられているという点です。
労働時間に該当する移動時間|「拘束性」の有無が分岐点
一方で、労働時間としてカウントしなければならない移動時間には、明確な特徴があります。「会社がその場所にいることを義務付けているか」「移動そのものが業務の一部として命じられているか」という拘束性の有無が、判断の分岐点です。
たとえば、訪問先のA社からB社へ移動する場合は、すでに業務時間の途中であり、移動自体が業務に組み込まれているため、一般的には労働時間に含まれます。また、「会社に集合してから資材を積んで現場へ向かう」というルールがある場合も、会社への出社が義務付けられている以上、そこから現場への移動は指揮命令下にある時間として扱われます。
「移動中は自由にしていていい」という雰囲気があったとしても、出社が前提条件として設定されている時点で、その後の移動を一律に労働時間から外すことは難しいと考えてください。労働者の側から見れば自由に過ごせる時間に映っていても、会社の指示で特定の場所にいることを求められている以上、指揮命令下にあると解釈されるのが原則です。こうした認識を曖昧にしたまま「移動時間は一律休憩扱い」という運用を続けることは、後々労務リスクに直結します。
移動時間を労働時間に含めない場合の実務上の条件
平等性の観点や法令遵守の観点から「どうしても移動時間を労働時間から外せないか検討したい」という場合に参考になる視点もあります。過去の司法判断の中には、一定の前提条件が揃った場合に、会社に一度集合してあとの現場への移動が労働時間と認定されなかった事例も存在します。
ただし、そうした判断はあくまで特定の状況下における例外的な解釈です。移動中に業務上の連絡や指示のやり取りが一切ない、直行直帰か集合かを労働者自身が選択できるなどの条件が揃っている場合に労働時間として扱わなくても問題がなくなる可能性があります。
自社に都合のよい解釈だけを切り取って運用することは非常にリスクが高く、後から未払い残業代の請求や是正勧告を受ける事態につながりかねません。一般的な原則とは異なる整理を検討する場合は、潜在的なリスクを十分に把握した上で、慎重に判断することが求められます。
労務リスクを抑えるための現実的なアプローチ
移動時間をめぐるトラブルを防ぐうえで、最も現実的な方法のひとつは、直行直帰できる業務フローを整えることです。そもそも出社を必要としない仕組みを構築できれば、移動時間の扱いをめぐる議論自体が不要になります。
資材や顧客情報の管理方法を見直し、出社しなくても業務を開始できる体制を整えるだけで、労働時間の構造そのものが変わります。移動時間を外したいという目的に向かう前に、まず業務フロー全体を俯瞰して見直すことが、問題の根本的な解決への糸口となります。
移動時間の取り扱いは、一見細かなテーマに見えますが、36協定の上限管理や未払い残業代のリスクに直結する重要な労務課題です。「現場の慣行に従っておけばよい」という感覚的な対応が、気づかぬうちに法的リスクを積み上げていることがあります。
まとめ
移動時間が労働時間に該当するかどうかは、会社の指揮命令下にあるかどうかという原則で判断します。会社に立ち寄った後の移動は基本的に労働時間として扱うのが堅実です。
社会保険労務士法人ONE HEARTでは、移動時間の労働時間該当性や36協定の適切な運用、業務フローの見直しを通じた労務リスクの軽減について、各企業の実態に合わせたご支援を行っています。「うちの場合はどう整理すればよいか」という個別のご相談も歓迎しております。初回のご相談は無料ですので、まずはお気軽にホームページよりお問い合わせください。
また、社会保険労務士法人ONE HEARTはITツールを組み合わせて、効率的な労務管理を作り、会社の発展に貢献します。急成長するスタートアップから、長年続く老舗企業まで、幅広いクライアント様をご支援させていただいています。
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執筆:吉田 優一(社会保険労務士法人ONE HEART 代表・社労士)
社会保険労務士法人ONE HEARTの代表社労士。慶應義塾大学中退後、社会保険労務士試験に合格。その後社会保険労務士法人に勤務し、さまざまな中小企業の労務管理アドバイス業務に従事する。その中で、正しいノウハウがないためヒトの問題に悩む多くの経営者に出会う。こうした経営者の負担を軽減しながら、自らも模範となる会社づくりを実践したいという想いから、社会保険労務士法人ONE HEARTを設立。


