このコラムは、Podcastラジオ “社労士吉田優一の「10分で労務がわかるラジオ」” 第156回の配信をもとに書かれた記事です。
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「社員が体調を崩して長期休養になりそうなのですが、傷病手当金の手続きはどう進めればよいでしょうか」
こうした問いが、ある日突然、労務担当者のもとへ届く。制度の名前は知っていても、いざ実務となると「いつから対象になるのか」「支給額はどのように決まるのか」「退職を予定している社員はどう扱えばよいのか」と、疑問は次々に連なるものです。
傷病手当金は、業務外の病気やケガで就労が困難になった従業員を経済面から支える、健康保険の重要な給付制度です。適切に活用すれば従業員にとって療養中の大きなよりどころとなりますが、手続きの不備や知識の欠如が、本来受給できるはずの権利を損なわせてしまうことも少なくありません。本記事では、制度の基本的な仕組みから実務で陥りやすい盲点まで、労務担当者が確実に押さえておくべき論点を整理します。
傷病手当金の支給対象と「待機期間」の仕組み
傷病手当金の支給対象となるのは、業務外の病気やケガを理由に、療養のため就労が困難な状態にある健康保険の被保険者です。業務上の災害を補償する労災保険とは明確に区別されており、私的な疾病や負傷であることが給付の前提となります。
支給が始まるにはまず、「連続3日間の不就労」という待機期間を満たすことが必要です。3日間連続して休業して初めて待機期間が成立し、4日目以降が給付の対象となります。この3日間は暦日で計算されるため、土曜・日曜・祝日も含まれます。支給を受けられる期間は、支給開始日から通算して最長1年6か月です。
実務上、とりわけ注意が必要なのは待機期間の数え方です。2日間休んで一度出社し、その後また欠勤するという断続的な経過では、待機期間は成立しません。療養中の従業員には、断続的な出社が制度利用に直接影響しうることをあらかじめ丁寧に伝えておくことが、担当者として果たすべき配慮のひとつです。
支給額の算定基準|「標準報酬月額の12か月平均」を起点に
支給額に関して従業員から最も多く寄せられる問いは、「実際にいくら受け取れるのか」という点です。おおよその水準としては、通常受け取っている給与の3分の2相当が目安となります。ただし、算定の基礎となるのは直近の給与明細の額面ではなく、健康保険の等級区分である「標準報酬月額」である点に注意が必要です。
具体的には、支給開始日以前の直近12か月間における標準報酬月額の平均値が計算の起点となります。なぜ直近1か月ではなく12か月の平均をとるのか。それは、休職直前に意図的に給与等級を引き上げて受給額を膨らませようとする不適切な利用を防ぐため、現在の算定方式へと改正された経緯があるからです。
従業員に支給水準を案内する際には、残業代込みの直近月の給与がそのまま基準になるわけではないことを、誤解が生じないよう事前に伝えておくことが肝要です。正確な見込み額の確認が必要な場合は、加入する健康保険組合や協会けんぽへの照会、あるいは社会保険労務士への相談が確実な対応となります。
退職日の「最後の出社」が招く、取り返しのつかない落とし穴
本記事で最も強調しておきたいのが、退職後の継続給付にまつわる注意点です。傷病手当金には、健康保険の被保険者資格を喪失した後も、一定の要件のもとで給付が継続される「資格喪失後の継続給付」という仕組みがあります。
この継続給付を受けるには、資格喪失の前日、すなわち退職日の時点で「傷病手当金を受給しているか、もしくは受給できる状態にあること」が不可欠な条件です。ここに、見逃されやすい重大な落とし穴があります。
責任感の強い従業員が「最後の日くらいは出社して挨拶をして去りたい」という思いから、退職日にわずか一日だけ出社したとします。その日は労務の提供によって給与が発生するため、法的には「傷病手当金を受給できる状態」と認められなくなります。結果として、退職翌日以降の受給権をすべて失うという事態に至りかねません。本人の誠実な気持ちも、「せめて花道を」という会社側の善意も、制度の構造上は重大な不利益へと転じてしまうのです。
退職が視野に入っている休職者に対しては、退職日当日の過ごし方が受給に与える影響を事前にきちんと説明し、適切な選択を促すこと。これもまた、労務担当者に求められる大切な職務のひとつです。
申請実務の要諦|「毎月確実に」を業務フローへ
対象となる従業員が4日以上連続して欠勤していることを把握した段階で、給与の欠勤控除処理と同時に傷病手当金の申請案内を行うことが、労務担当者として理想的な対応です。「手続きのお手伝いができます」というひとことが、療養中の従業員に与える安心感は、想像以上に大きいものです。
申請は原則として1か月単位で行います。会社は、対象期間中に就労がなく給与が支給されていないことを証明する役割を担います。複数月分をまとめて提出しようとするケースも見受けられますが、療養中の従業員にとって給付金は生活の基盤そのものです。月が締まったタイミングで速やかに申請し、入金を少しでも早める。それが実務担当者としての誠実な配慮といえます。
申請には医師による就労不能の証明も欠かせません。本人が担当医師に証明書の記載を依頼し、会社が事業主証明欄に必要事項を記入したうえで保険者へ提出するという流れです。このサイクルを給与計算の業務フローに組み込んでおくことで、案内漏れや手続き遅延を未然に防ぐことができます。後になって「受給できたはずだった」と発覚するケースは、従業員との信頼関係を傷つける要因となります。仕組みとして対応できるよう、体制を整えておくことが重要です。
あわせて、傷病手当金の申請と並行して、会社としての休職手続きを適切に進めることも忘れてはなりません。給付金はあくまで健康保険上の公的制度ですが、休職そのものは就業規則に根拠を持つ雇用契約上の取り扱いです。診断書の徴収や休職命令の発令など、社内手続きを丁寧に踏んでおかなければ、復職時のトラブルや雇用継続をめぐる紛争へ発展するリスクをはらみます。公的制度の手続きと自社規程の管理。この両面を適切に機能させることが、労務管理の本質です。
まとめ|傷病手当金に関するご相談はONE HEARTへ
傷病手当金は、従業員が安心して療養に専念できる環境を支える制度です。しかし、退職日の出社による受給権の喪失に象徴されるように、善意の行動が制度上の不利益へと転じる局面も存在します。制度を正確に理解し、個々の状況に即した対応を講じられるかどうか。そこに、労務担当者としての真価があらわれます。
社会保険労務士法人ONE HEARTでは、傷病手当金の申請サポートから休職規程の整備、療養中・復職時の従業員対応まで、一貫してお力添えしています。「受給要件の判断に迷いがある」「退職予定者の手続きに漏れがないか確認したい」といったご不安をお持ちの経営者・労務担当者の方は、ぜひ一度、無料相談をご活用ください。貴社の実情を丁寧に伺いながら、具体的なご支援をご提案します。
また、社会保険労務士法人ONE HEARTはITツールを組み合わせて、効率的な労務管理を作り、会社の発展に貢献します。急成長するスタートアップから、長年続く老舗企業まで、幅広いクライアント様をご支援させていただいています。
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執筆:吉田 優一(社会保険労務士法人ONE HEART 代表・社労士)
社会保険労務士法人ONE HEARTの代表社労士。慶應義塾大学中退後、社会保険労務士試験に合格。その後社会保険労務士法人に勤務し、さまざまな中小企業の労務管理アドバイス業務に従事する。その中で、正しいノウハウがないためヒトの問題に悩む多くの経営者に出会う。こうした経営者の負担を軽減しながら、自らも模範となる会社づくりを実践したいという想いから、社会保険労務士法人ONE HEARTを設立。


