コラム

思わぬ落とし穴! “うっかり” による未払い残業代がIPOやM&Aの弊害に!  

思わぬ落とし穴! “うっかり” による未払い残業代がIPOやM&Aの弊害に!  

このコラムは、Podcastラジオ “社労士吉田優一の「給与設計相談室」” 第4回の配信をもとに書かれた記事です。

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IPOやM&Aの準備段階で未払い残業代が発覚することは珍しいことではありません。未払い残業代の存在が発覚すると、IPOやM&Aのスケジュールの遅延につながるリスクがあります。

今回は「未払い残業代」の原因や対策について解説していきます。

目次

本当にあった怖い話。 “悪意のないウッカリ” がIPO遅延に

これは実際にあった話です。知人の会社で未払い残業代が発覚したばかりに、IPOが遅れたことがありました。従業員が労働基準監督署に相談したことで発覚したのです。

会社は適切に残業代を支払っていたつもりでしたが、給与計算ソフトの設定に誤りがあったことが原因でした。そんな “悪意のないウッカリ”の計算間違いによってIPOが遅れるのは、会社としても本意ではないはずです。

このコラムやラジオを聴いてくださっている方には経営者の方々も多いと思います。もし自分の会社でそんなことがあると思うと、ゾッとしますよね。

なぜ残業代の未払いが発生してしまうのか、詳しく説明します。

ホワイト企業で未払い残業代が発生する3つの原因

ホワイト企業やIPO準備中の会社など残業代を支払う意思のある会社でも、未払い残業代が発生することがあります。その理由は3つです。

理由1:給与設計のミス

理由2:給与計算ソフトの設定ミス

理由3:従業員の不正打刻

理由1:給与設計のミス

『理由1:給与設計のミス』でよくあるパターンは、固定残業手当の金額不足です。固定残業手当とは、毎月一定の残業時間数に対応する時間外手当を固定払いする手当のことです。具体的には「30時間分の時間外手当を、50,000円の固定残業手当として支払う」などと決めて、毎月固定払いします。

給与設計にミスがあると固定残業手当の金額が不足する可能性があります。例えば、次のような給与設計は、給与設計の段階から未払い賃金があります。


例:給与設計に失敗しているケース

基本給:300,000円(月間の平均所定労働時間160時間分)

固定残業手当:60,000円(時間外労働30時間分)


一見すると問題ないように見えますが、時間外労働30時間に対応する残業代は70,313円となります。その計算は次のとおりです。

300,000円(基本給)÷160時間(月間の平均所定労働時間)×1.25×30時間(時間外労働30時間分)=70,313円

固定残業手当として時間外労働30時間分を支払うには、少なくとも70,313円以上支払う必要があります。しかし『例:給与設計に失敗しているケース』では固定残業手当が60,000円となっています。したがって、給与設計の段階から毎月10,313円もの未払い残業代があるのです。

理由2:給与計算ソフトの設定ミス

給与計算ツールの設定ミスは、社労士として中小企業のお手伝いをしていると、頻繁に出会います。よく見かけるケースは1時間あたり残業代の計算設定が間違っているケースです。

基本給30万円、1日の勤務時間8時間、年間の労働日数240日の会社を例に考えてみます。このケースの場合、次のような計算式で残業1時間につき2,344円を会社は支払う必要があります。

300,000円(基本給)÷160時間(月間の平均所定労働時間)×1.25=2,344円

※基本給30万円、1日の勤務時間8時間、年間の労働日数240日の場合

計算式の中に含まれている「月間の平均所定労働時間」の設定が間違っていることがよくあるのです。

具体的には、160時間よりも大きい数値、180時間などを給与計算ソフトに設定しているケースがあります。間違えて180時間を設定していると、残業代の計算式は次のようになります。

300,000円(基本給)÷180時間(間違った月間の平均所定労働時間)×1.25=2,084円

このような場合、残業1時間につき2,084円を会社は支払っていることになります。しかし、正しくは2,344円を支払う必要があるので、1時間あたり260円の未払い賃金が発生しているのです。

理由3:従業員の不正打刻

従業員の不正打刻で未払い残業代が発生するというのは、もしかしたら意外かもしれません。しかし、現実としてあります。一番注意しなければならないケースは「残業代はいらないので働かせてください」などと言い、タイムカードを打刻した後に働く従業員です。その心意気は素晴らしいかも知れませんが、タイムカードを打刻した後に働いてしまうと未払い賃金が発生します。

まず会社が理解する必要があることは、「従業員に残業させるか否かの決定権は会社にある」ということです。従業員が自ら残業するか否かを独断で決めることはできないのです。会社の統制という観点からも「会社が残業命令を出したとき」や「従業員の残業申請に対して上長が許可したとき」など残業を認める会社のルールを作り、そのルールに従って残業をさせる必要があります。

また労働基準法の内容が誤解され、管理職が残業時間を隠すケースも時々あります。36協定を締結すれば、月間平均30時間まで残業させることができます。その時間数を参考にして、人事総務部が「原則として月間の残業時間は30時間まで」という社内ルールを作り、営業や開発などの他の部署の管理職に対して残業時間のコントロールを呼びかけることがあります。

この30時間は社内で決めたルールなので、一般的な36協定の内容であれば、たまたまある月だけ30時間を超過しても、法律違反にはなりません。しかし、人事総務部が呼びかけた「残業時間は30時間まで」という社内ルールが誤解され、管理職が「残業時間は必ず30時間まで」と勘違いしていたとします。この場合、自分の部署から残業時間30時間を超えるスタッフを出すのは避けたいと考えて、管理職が不正打刻の指示や不正なタイムカードの修正を行ってしまうこともあります。

残業代の未払いを防ぐために社労士に相談を!

ここで今回のテーマ「残業代の未払いを防ぐには?」に対する答えを二つ、お伝えします。

一つ目は、「なぜ残業が発生しているのかを考える」ということ。

経営者の目線からすると、残業は人件費の増加や従業員のパフォーマンス悪化などの問題につながるので避けたいもの。

仕事量に対して、人員は足りているのか。人員配置は正しいのか。業務内容の見直しや人員の増員も検討するべきなのです。

私の経験上、「全く見直す余地のない、完璧な配置・オペレーションの業務」というのは存在しません。残業の発生要因を追究し、改善を重ねることが、ひいては会社全体の生産性を押し上げ、強い企業体質を作っていくことにも繋がります。

そしてもう一つ。それは「未払い賃金が発生しにくい給与設計をする」ことです。

例えば、固定残業手当を設定しておけば、労働時間の集計を少しミスし正しく集計したら残業時間が増えたとしても、残業代の追加払いが発生しにくい給与設計が可能になります。

そして意外に多い、給与計算ツールの設定ミス。専門家である社労士が力になり、給与設計、ソフトの設定を行うことで未払金が発生しにくい制度を作成できます。

地道ではありますが、適切なタイムカード打刻の徹底を従業員に周知するのも大事なことです。

まとめ

今回のコラムでは未払い残業代について解説しました。初歩的なミスでIPOやM&Aが遅れるのは会社としても避けたいところです。未払いが発覚すると時期が遅れるだけではなく、上場後の株価にも影響を及ぼすとても重要な部分です。

自分の会社の給与設計や就業規則は適切か、一度社労士へ相談することをお勧めします。

いかがでしたか?

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吉田 優一(社会保険労務士法人ONE HEART 代表・社労士)

執筆:吉田 優一(社会保険労務士法人ONE HEART 代表・社労士)

慶應義塾大学中退後、社会保険労務士試験に合格。その後社会保険労務士法人に勤務し、さまざまな中小企業の労務管理アドバイス業務に従事する。その中で、正しいノウハウがないためヒトの問題に悩む多くの経営者に出会う。効率的な労務管理の手法を広めつつ、自ら会社経営を実践するために社会保険労務士法人ONE HEARTを設立し独立開業。

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