このコラムは、Podcastラジオ “社労士吉田優一の「10分で労務がわかるラジオ」” 第212回の配信をもとに書かれた記事です。
Podcastでは、給与・報酬の設計を中心に、会社を経営していくうえでぶつかる人事の課題についてお話ししています。ぜひフォローをお願いします!
「業績が悪いから」「もうすぐ退職するから」といった理由で賞与を減額または不支給にされ、納得できないと感じている方もいるかもしれません。
会社の一方的な決定に見えるその対応が、法的に許されるものなのか、あるいは不当な扱いなのかは、専門的な知識がないと判断が難しい問題です。
実務で起こりやすい賞与のトラブルについて、場面ごとに整理していきます。
賞与(ボーナス)の法的性質
賞与に関するトラブルを正しく理解するためには、まずその法的な性質を知ることが不可欠です。
法律上、賞与の支払いは義務付けられておらず、その扱いは各企業の就業規則や労働契約に委ねられています。
賞与には、従業員の功労に報いる功労報奨的性質と、基本給などと同様に労働の対価と見なされる賃金の後払い的性質という二つの側面があります。
就業規則の制度設計によってどちらの性質が強いかが異なり、それがトラブルの際に会社の裁量権がどこまで認められるかを左右する重要な判断基準となります。

就業規則での定めが判断の分かれ道に
賞与請求権の有無は、就業規則や労働契約の定め方によって大きく左右されます。
例えば、「毎年夏と冬に基本給の2か月分を支給する」のように支給基準が明確に規定されていれば、賞与は労働の対価、すなわち「賃金の後払い」としての性質が強まります。
この場合、従業員は会社に対して明確な請求権を持つため、会社側が一方的に不支給や減額をすることは原則として認められません。
一方で、「会社の業績を踏まえて、その都度支給額を決定する」といった定め方であれば、会社の裁量が広く認められることになります。
このように、トラブルの結論は企業の制度設計に依存します。
会社の業績と連動する「功労報奨」的な性質
多くの企業の賞与は、企業の利益を従業員の功績に応じて分配する「功労報奨」としての性質を持っています。
これは、従業員の過去の勤務成績や会社への貢献度を評価し、それに見合った報奨を与えるという考え方です。
この性質が強い場合、会社は業績の変動や個々の従業員の評価に基づき、支給の有無や金額を決定する広い裁量権を持つと解釈されます。
そのため、業績悪化などを理由とした減額も、この裁量権の範囲内として認められやすい傾向にあります。
【ケース別】よくある賞与(ボーナス)トラブルの事例
賞与をめぐるトラブルは、さまざまな状況で発生します。
会社の業績悪化や個人の成績評価、あるいは退職といったライフイベントが引き金になることも少なくありません。
ここでは、よくある賞与トラブルの代表的な事例を取り上げ、どのような場合に不当と判断され、違法となる可能性があるのか、その判断ラインを解説します。

事例1:会社の業績悪化を理由に従業員の賞与を一律カットする
会社の業績悪化を理由とした賞与の一律カットは、就業規則の定め方によってその適法性が判断されます。
就業規則に「会社の業績によっては、賞与を減額または不支給とすることがある」といった趣旨の記載があれば、原則として会社の裁量の範囲内とされ、適法と判断される可能性が高いです。
ただし、実際には業績が悪化していないにもかかわらず、正当な理由なくカットした場合は、カットした金額の請求を受ける可能性があります。
事例2:個人の勤務態度や成績評価に基づき賞与を減額する
従業員個人の勤務態度や人事評価の結果に基づいて賞与を減額すること自体は、評価制度が公正に運用されていれば、一般的に会社の裁量として認められます。
就業規則や賞与規程に、個人の成績や勤務状況を評価に反映させることが明記されている場合、その評価に基づく減額は有効です。
しかし、評価の根拠が客観性を欠いていたり、特定の従業員に対してのみ不合理な低評価を下したりするなど、人事評価権を濫用したと判断され、その減額措置は違法かつ無効と判断される可能性があります。
事例3:退職予定者に対して賞与を支払わない・減額する
退職予定者への賞与不支給や減額は、「支給日在籍要件」の有無が大きな判断材料となります。
これは、就業規則などで「賞与は、支給日の時点で会社に在籍している従業員にのみ支払う」と定めるものです。
ただし、会社都合のリストラや定年退職の場合など、従業員側に責任がないケースでは、この要件の適用が制限される可能性も指摘されています。
事例4:産休・育休取得者の賞与を不支給または減額する
産休や育休の取得を直接的な理由として賞与を減額したり不支給にしたりすることは、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法で禁止されている不利益取扱いに該当し、不当であり違法です。
ただし、賞与の算定対象期間中に休業していたことで、実際に労務を提供しなかった期間分を支給額から控除すること自体は、直ちに違法とはなりません。
問題となるのは、休業期間分を差し引く以上に、産休・育休を取得したこと自体をペナルティとして扱うような減額措置です。
これは法の趣旨に反するため、認められません。
事例5:懲戒処分を理由に賞与をカットする
従業員が何らかの服務規律違反を犯し、懲戒処分を受けたことを理由に賞与を減額または不支給とすることは、就業規則にその旨の規定があれば可能です。
ただし、その措置が有効と認められるには、懲戒処分の内容自体が妥当であることが前提となります。
また、処分の原因となった非違行為の程度と、賞与の減額幅が社会通念上、釣り合いが取れている必要もあります。
軽微なミスに対して賞与を全額カットするなど、あまりに過大な減額は、会社の裁量権の濫用として無効と判断される可能性があります。
続いては、非正規雇用の賞与について見ていきましょう。
将来の賞与トラブルを防ぐために会社が整備すべき就業規則のポイント
従業員との賞与トラブルは、企業にとって大きな経営リスクとなり得ます。
こうしたトラブルを未然に防ぐためには、その根源となりやすい就業規則や賃金規程の整備が重要です。
規定にあいまいな部分があると、従業員に過度な期待を抱かせたり、会社の判断が恣意的だと受け取られたりする原因になります。
ここでは、将来の紛争リスクを低減させるために、会社側が賞与に関する制度をどのように設計し、就業規則に定めるべきかのポイントを解説します。

支給条件を明確に定めておくことの重要性
賞与トラブルを防ぐ基本は、支給に関するルールを誰が読んでも誤解の余地がないよう、明確に定めておくことです。
具体的には、賞与の支給対象となる従業員の範囲、算定の対象となる期間、評価の基準や方法、基本的な計算式などを就業規則や関連規程に明記します。
例えば、「賞与は、評価期間(〇月~〇月)における個人の業績評価と会社業績に基づき、次の計算式により算出する」といった具体的な制度設計が、従業員の納得感を高め、恣意的な運用との疑いを払拭することにつながります。
会社の裁量権を確保するための規定例
業績の変動に対応し、経営の柔軟性を保つためには、会社の裁量権を確保する条項を就業規則に盛り込むことが不可欠です。
賞与の支給額を固定的に定めてしまうと、業績が悪化した際に大きな負担となりかねません。
そこで、「賞与は、会社の業績および従業員の勤務成績等を総合的に勘案して、その都度支給の有無および支給額を決定する」といった一文を加えておくことが有効です。
このような制度規定により、賞与が会社の恩恵的な給付であるという性質を強め、経営状況に応じた判断を下す余地を確保できます。
「支給日在籍要件」を設ける際の注意点
退職予定者との間で頻発する賞与トラブルを回避する有効な手段の一つが、「支給日在籍要件」を設けることです。
これは、「賞与は、その支給日当日に会社に在籍する従業員に対してのみ支給する」というルールを就業規則に明記するものです。
判例上もこの要件は有効とされており、賞与支給日前に退職した元従業員からの賞与請求権を否定する根拠となります。
この制度を設けることで、賞与の目的である「将来への期待」や「人材の定着」といった趣旨を明確にし、無用なトラブルを予防することが可能です。
まとめ
賞与をめぐるトラブルの多くは、就業規則の定め方によって結論が大きく変わります。
従業員としては、まず自社のルールを確認し、会社の対応がそのルールに沿ったものかを見極めることが第一歩です。
不当な減額や不支給が疑われる場合は、会社に説明を求め、納得できなければ労働基準監督署や弁護士といった専門家へ相談することが解決への道筋となります。
社会保険労務士法人ONE HEARTはITツールを組み合わせて、効率的な労務管理を作り、会社の発展に貢献します。急成長するスタートアップから、長年続く老舗企業まで、幅広いクライアント様をご支援させていただいています。
ONE HEARTに労務のご相談をしたい方、ONE HEARTでのお仕事に興味がある方、吉田とお話ししてみたい方など、ホームページの問い合わせフォームやX(旧twitter)のDMからお気軽にご連絡いただけると幸いです!
オンラインで完結

個別無料相談を
ご利用ください
執筆:吉田 優一(社会保険労務士法人ONE HEART 代表・社労士)
社会保険労務士法人ONE HEARTの代表社労士。慶應義塾大学中退後、社会保険労務士試験に合格。その後社会保険労務士法人に勤務し、さまざまな中小企業の労務管理アドバイス業務に従事する。その中で、正しいノウハウがないためヒトの問題に悩む多くの経営者に出会う。こうした経営者の負担を軽減しながら、自らも模範となる会社づくりを実践したいという想いから、社会保険労務士法人ONE HEARTを設立。


