毎年10月頃を中心に改定される「最低賃金」は、雇用形態を問わず、すべての労働者に適用されます。そのため、全従業員の給与が新しい基準を満たしているかの確認は、人事労務担当者にとって絶対にミスが許されない重要業務です。
パートやアルバイトなどの「時給制」は比較が容易ですが、「月給制」「日給制」「歩合制」の場合は、対象となる賃金を正確に把握し、一度「時給換算」してから比較する必要があります。万が一基準を下回れば、最低賃金法違反(50万円以下の罰金等)の対象となるだけでなく、企業の信用問題にも直結しかねません。
そこで本記事では、人事労務担当者が必ず知っておくべきルールの全体像を、給与体系(月給・日給・歩合制)ごとに図解と具体例を交えてわかりやすく解説します。
自社の賃金設定が適法であるかを確認し、適切な労務管理にお役立てください。
給与計算の基本的なやり方については「給与計算のやり方を5つの手順で解説」で詳しく紹介しています。
最低賃金法に違反した場合に科される罰則とは?
会社が労働者に対して最低賃金額未満の賃金しか支払わなかった場合、重い罰則が科される可能性があります。
「地域別最低賃金」を下回った場合は最低賃金法違反で50万円以下の罰金、「特定最低賃金」を下回った場合は労働基準法違反で30万円以下の罰金の対象となります。
また、仮に「この金額で納得している」と労働者との間で合意があったとしても、最低賃金を下回る賃金契約は法律上無効となり、不足していた差額を遡って支払う義務が生じます。
手当の計算除外ルールを知らなかったり、月給の時給換算を間違えたりと、意図せず法違反となるケースも少なくありません。労働基準監督署の調査で違反が発覚して企業信用を落とす前に、自社の賃金体系を正しく点検することが重要です。
最低賃金の計算前に押さえておくべき賃金の対象範囲
時給換算の計算を行う前に、最も重要かつ間違いやすいのが計算のベースとなる対象賃金の算出です。従業員に支払っている給与の総額をそのまま計算に用いてはいけません。対象範囲を誤ると、意図せず最低賃金を下回るリスクが生じるため、まずは自社の給与明細の各項目が算入対象か除外対象かを正確に仕分ける必要があります。
最低賃金の対象となるのは、毎月決まって支払われる基本的な賃金です。具体的には基本給や役職手当などが該当しますが、精皆勤手当や通勤手当、家族手当は法律により計算から除外されます。また、賞与や時間外勤務手当も対象外となるため、算定前に必ず各手当の性質を確認してください。
計算に含める賃金(基本給・役職手当など)
最低賃金の計算対象となる賃金は、所定労働時間または所定労働日の労働に対して支払われる、毎月決まって支給される基本的な賃金です。具体的には、以下のようなものが該当します。
- 基本給
- 職務手当、役職手当(役職や職務内容に応じて支払われるもの)
- 資格手当、技能手当(保有資格や技能に応じて支払われるもの)
- 地域手当(勤務地の物価や地域差に応じて一律支給されるもの)
- 住宅手当(一律支給、あるいは家賃額・持ち家等に応じて定額支給されるもの)
これらの手当は、名称にかかわらず、その実態が毎月固定的に支払われるものであれば、最低賃金の計算に算入する必要があります。
例えば「営業手当」や「職務手当」といった名称のものは原則として最低賃金の対象に含まれます。しかし、就業規則等で「〇時間分の時間外労働に対する割増賃金(固定残業代)」として支払う旨が明確に規定されている場合、その実態は残業代であるため最低賃金の計算からは除外する必要があります。このように名称だけでなく実態の確認が必要となるため、就業規則や賃金規程の定義を確認してください。
計算から除外される賃金(時間外割増賃金・賞与など)
最低賃金の計算から除外される賃金は、最低賃金法および同法施行規則で定められています。
具体的には以下の6項目です。
- 臨時に支払われる賃金(結婚手当など)
- 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)
- 所定労働時間を超える時間の労働に対して支払われる賃金(時間外割増賃金など)
- 所定労働日以外の日の労働に対して支払われる賃金(休日割増賃金など)
- 深夜労働に対して支払われる賃金のうち、通常の労働時間の賃金の計算額を超える部分(深夜割増賃金など)
- 精皆勤手当、通勤手当、家族手当
これらの賃金は、労働者の個人的事情によるものや、通常の労働時間を超える労働に対する対価であり、基本的な労働の対価とは性質が異なるため、最低賃金の計算には含めません。

【給与体系別】最低賃金の計算式と時給換算ステップ
従業員の給与が最低賃金をクリアしているかを確認するには、給与を時給に換算し、適用される最低賃金額と比較する必要があります。
この時給換算の方法は、月給制や日給制、出来高払制(歩合給)といった給与形態によって異なります。
自社の従業員に適用している給与形態に合わせて、それぞれの計算方法を正しく用いることが法令遵守の第一歩です。
ここでは、主要な給与形態別の具体的な計算方法を解説します。
月給制の時給換算:まずは「1か月の平均所定労働時間」を出す
人事労務担当者が最も多く直面し、かつ計算でつまずきやすいのが「月給制における最低賃金の確認」です。月によって働く日数が異なるため、単純にその月の月給を労働時間で割ることはできません。正しい換算時給を求めるには、必ず「1年間における1か月の平均所定労働時間」を算出してから月給を割る必要があります。
計算は大きく2つのステップに分かれます。まず、1年間の日数(通常の年は365日、うるう年は366日)から年間休日日数を引き、そこに1日の所定労働時間を掛けて「年間の所定労働時間」を出します。それを12か月で割ることで「1か月の平均所定労働時間」が算出できます。次に、対象となる月給をこの平均所定労働時間で割ることで、正しい換算時給が求められます。
具体例として、基本給と職務手当を合わせた月給が210,000円、年間休日が120日、1日の所定労働時間が8時間の正社員をモデルに計算してみましょう。
まず、365日から120日を引いた245日に8時間を掛け、年間の所定労働時間を1,960時間と算出します。これを12か月で割ると、1か月の平均所定労働時間は約163.33時間となります。最後に、月給210,000円をこの163.33時間で割ることで、換算時給は約1,285.7円であることがわかります。

ここで実務上の重要な注意点があります。それは、割増賃金の計算で使用している「月平均所定労働時間」を、最低賃金の確認にそのまま流用してはいけないケースがあるということです。
実務においては、時間外割増賃金の未払いを防ぐ安全策として、実際の年間所定労働時間から算出される時間数よりも、やや短い時間を就業規則などで設定していることがあります。この短い時間数を最低賃金の確認にも使ってしまうと、時給換算額が実態より高く算出されてしまいます。その結果、計算上は最低賃金を上回っているように見えても、実際には最低賃金割れを起こしているというリスクが生じます。
そのため、最低賃金の確認を行う際は、使用する月平均所定労働時間が、実際の年間所定労働時間に基づいて正しく算出されたものかどうかを必ず確認するようにしましょう。
日給制の時給換算:日給を「1日の所定労働時間」で割る
日給制の計算は比較的シンプルです。基本ルールとして、その日の日給額を「1日の所定労働時間」で割って時給換算を行います。
たとえば、通勤手当などの除外賃金を差し引いた日給が9,000円で、1日の所定労働時間が7.5時間(7時間30分)のケースを想定してみましょう。この場合、「9,000円 ÷ 7.5時間」という計算になり、換算時給は1,200円となります。算出されたこの金額と、事業場がある都道府県の最低賃金額を比較して、下回っていないかを確認します。

ただし、日給制の計算においては「特定最低賃金」の存在に注意が必要です。鉄鋼業や工作機械製造業など、特定の産業には地域別最低賃金とは別に、より高い水準の特定最低賃金が設定されている場合があります。特定最低賃金の中には、時間額だけでなく「日額」として最低基準が定められているケースがあります。この場合、換算した時給が地域別最低賃金を満たしているかを確認するだけでなく、支払っている日給そのものが特定最低賃金の日額を上回っているかも併せてチェックしなければなりません。業種によって確認すべき基準が複数存在することを念頭に置き、漏れのない労務管理を徹底することが重要です。
完全歩合制(出来高払制)の時給換算:「総実労働時間」で割るのがポイント
営業職やタクシー運転手など、実績に応じて報酬が支払われる「完全歩合制※」の時給を計算する方法です。
時給換算する際の最大のポイントは、あらかじめ定められた所定労働時間ではなく、残業時間などもすべて含めた「総実労働時間」で割るという点です。また、「総収入」で計算すると思われがちですが、時間外手当などの割増賃金は計算対象から除外する点にも注意が必要です。
たとえば、ある月の歩合による収入(割増賃金などを除いた額)が234,000円だったとします。その月の所定労働時間が160時間、残業が20時間で、総実労働時間が180時間だった場合、「234,000円 ÷ 180時間」という計算になります。これにより、この月の換算時給は1,300円と算出されます。
※労働基準法第27条により、雇用関係にある労働者には成果に関わらず一定額の保障給を設ける必要があります。

組み合わせ型(固定月給+歩合給)の時給換算:それぞれ計算して合算する
「固定の月給」に加えて「歩合給」が支払われる給与体系を採用している企業も多いでしょう。この場合は、一度にまとめて計算することはできません。
固定給部分は月給制のルール(平均所定労働時間で割る)で、歩合給部分は歩合制のルール(総実労働時間で割る)で、それぞれ別々に時給換算を行う必要があります。そして最後に、算出した2つの時給を合計した金額で最低賃金と比較します。
たとえば、別々に計算した結果、固定月給部分の換算時給が1,000円、歩合給部分の換算時給が300円だった場合、これらを合計した1,300円がこの従業員の最終的な換算時給となります。

最低賃金の計算で企業が見落としがちな5つの注意点
最低賃金の計算方法は複雑であり、企業が意図せず法令違反を犯してしまうケースが見られます。
特に、試用期間中の従業員や派遣社員の扱いは間違いやすいポイントです。
また、最低賃金額は毎年改定されるため、最新の情報を常に確認する体制も欠かせません。
最低賃金が上がった際に企業が考えるべきことについては「最低賃金が上がったら考えること」で詳しく紹介しています。
これらの見落としがちな注意点を事前に把握し、社員の給与が常に適法な水準を維持できるよう、社内ルールを整備しておくことが重要です。
注意点1:固定残業代(みなし残業代)を含めて計算してしまう
固定残業代は、所定労働時間を超える労働に対して支払われる賃金に該当するため、最低賃金の計算対象から除外する必要があります。
最低賃金を確認する際は、固定残業代を含めた総支給額ではなく、固定残業代を除いた賃金額をもとに時給換算します。固定残業代を含めて計算してしまうと、実際よりも時給換算額が高くなり、最低賃金を下回っていることに気づけないおそれがあります。
固定残業代を導入している企業では、最低賃金の対象となる賃金と、計算から除外する賃金を分けて確認しましょう。
注意点2:「地域別」と「特定(産業別)」2つの最低賃金
最低賃金には、大きく分けて2種類があることをご存知でしょうか。自社がどちらの適用を受けるのか、正しく把握しておくことが重要です。
まず1つ目が「地域別最低賃金」です。これは都道府県ごとに定められており、雇用形態を問わず、その都道府県で働くすべての労働者と使用者に適用されます。ニュースなどで毎年秋に話題になるのは、主にこちらの地域別最低賃金です。
そして2つ目が「特定(産業別)最低賃金」です。これは特定の都道府県において、鉄鋼業や電子部品製造業、自動車小売業など、特定の産業に設定されています。地域別最低賃金よりも高い水準の賃金を定める必要があると認められた産業にのみ適用されるのが特徴です。
もし自社の事業がこの特定最低賃金の対象産業である場合、労働者には地域別と特定の両方が適用されることになります。この場合、企業は必ず金額が「高い方」以上の賃金を支払う義務があります。通常は、特定最低賃金の方が地域別最低賃金よりも高く設定されています。
また、冒頭でも触れた通り、適用される法律の違いから罰則も異なる点に注意が必要です。地域別最低賃金を下回った場合は最低賃金法違反として50万円以下の罰金が科されますが、特定最低賃金を下回った場合は労働基準法違反として30万円以下の罰金となります。
「うちは地域別最低賃金だけを見ておけば大丈夫」と思い込まず、自社が特定最低賃金の対象産業に該当していないか、一度、管轄の都道府県労働局のホームページ等で確認しておきましょう。
注意点3:試用期間中の従業員に対する最低賃金の減額特例
試用期間中の従業員についても、原則として最低賃金が適用されます。
ただし、「最低賃金の減額の特例許可制度」を利用することで、管轄の都道府県労働局長の許可を条件に、最低賃金額から最大20%の範囲内で減額して支払うことが例外的に可能です。
この特例は、「試用期間中である」という理由だけで自動的に認められるわけではありません。本採用の従業員と比較して、技能や経験の不足から客観的に労働能力が低いと認められるなど、厳格な条件を満たす必要があります。
許可申請は事前に労働基準監督署へ行う必要があり、安易な適用は法違反となります。また、年次有給休暇の付与など、その他の労働条件については試用期間中であっても通常通り適用される点にも留意しましょう。
注意点4:派遣社員に適用されるのは派遣先・派遣元のどちらの最低賃金か
派遣社員に適用される最低賃金は、派遣元の事業所の所在地ではなく、「派遣先の事業所の所在地(実際に働く就業場所)」がある都道府県の地域別最低賃金です。
例えば、派遣元の会社が神奈川県にあっても、派遣されて働く事業所が東京都内にある場合、適用されるのは東京の最低賃金となります。
派遣労働者を活用する企業は、自社の所在地だけでなく、派遣社員が実際に就業する場所の最低賃金額を正確に把握し、派遣元と連携して法令を遵守する必要があります。
注意点5:毎年10月頃を中心に改定される最新の最低賃金額の確認方法
地域別最低賃金は、経済情勢などを踏まえて毎年審議され、例年10月頃を中心に都道府県ごとに改定・発効されます。
実務上もっとも注意すべきなのが、給与計算期間(締め日)の途中で新しい最低賃金が発効されるケースです。
最低賃金は、給与の締め日や支払日に関わらず、「発効日当日の労働分」から適用されます。そのため、たとえば毎月15日締めの企業で10月1日に新賃金が発効された場合、9月16日〜9月30日までは旧最低賃金、10月1日〜10月15日までは新最低賃金を満たすよう、期間を分けて日割り等で計算しなければなりません。「翌月の給与計算から切り替えればいい」「11月支給分からでいい」という勘違いによる未払いが非常に多く発生しているため注意が必要です。
最新の発効日や改定額は、厚生労働省のウェブサイトや各都道府県労働局のホームページで確認できます。
特に、最低賃金に近い時給・月給で従業員を雇用している場合、事業場がある地域の改定時期と金額の動向には常に注意を払い、自社の給与体系が法違反とならないよう迅速に対応することが求められます。
最低賃金計算方法に関するよくある質問

ここでは、最低賃金の計算方法に関して、企業の担当者から寄せられることの多い質問に回答します。通勤手当などの扱いや、万が一最低賃金を下回っていた場合の具体的な対応方法など、実務上の疑問点を整理して解説します。
Q. 通勤手当や家族手当を最低賃金の計算に含めないのはなぜですか?
通勤手当や家族手当を計算に含めないのは、これらの手当が労働そのものの対価ではなく、従業員個々の事情に応じて実費弁償的・福祉的に支払われるものだからです。
最低賃金制度が保障するのは、労働に対して支払われるべき最低限の基本的な賃金です。
そのため、通勤距離や扶養家族の有無といった個人的な状況で変動する手当は、算定の基礎から除外されています。
Q. 計算の結果、最低賃金を下回っていた場合はどう対応すべきですか?
万が一、自社の給与が最低賃金を下回っていることが発覚した場合は、直ちに給与体系を見直し、最低賃金額以上の賃金を支払う必要があります。
特に注意すべきは、正社員・アルバイト等の雇用形態にかかわらず、過去分についても不足額の支払いが必要となる可能性があるという点です。
発覚次第、まずは該当する従業員へ速やかに不足分(差額)を支払い、今後の給与が最低賃金額を確実に上回るよう、給与テーブルや賃金規程の改定を行ってください。
これらを放置すれば、労働基準監督署による是正勧告や罰則(罰金)の対象となるだけでなく、企業としての信用問題にも発展するため、一刻も早い対応が不可欠です。
まとめ
最低賃金の計算は、企業のコンプライアンスにおいて根幹を成す重要業務です。月給や日給、歩合給といった給与形態ごとに適切な時給換算を行い、除外手当を差し引いた正確な対象額を把握しなければなりません。万が一、計算ミスや知識不足で基準を下回れば、法的罰則だけでなく企業信用の失墜を招くリスクがあります。
最低賃金は毎年10月頃を中心に改定されるため、常に最新情報を収集し、自社の賃金体系が基準を満たしているか定期的に点検する体制を整えることが求められます。今後も続く法改正や賃金上昇の動向を注視し、本記事で解説した注意点を踏まえた適正な労務管理を徹底してください。
オンラインで完結

個別無料相談を
ご利用ください
執筆:吉田 優一(社会保険労務士法人ONE HEART 代表・社労士)
社会保険労務士法人ONE HEARTの代表社労士。慶應義塾大学中退後、社会保険労務士試験に合格。その後社会保険労務士法人に勤務し、さまざまな中小企業の労務管理アドバイス業務に従事する。その中で、正しいノウハウがないためヒトの問題に悩む多くの経営者に出会う。こうした経営者の負担を軽減しながら、自らも模範となる会社づくりを実践したいという想いから、社会保険労務士法人ONE HEARTを設立。


