働き方改革の推進に伴い、多くの企業で「副業・兼業」が解禁されるようになりました。厚生労働省もモデル就業規則を改定し、原則として副業を認める方向へと舵を切っています。しかし、これが「休職期間中」となると話は別です。
「うつ病で休職しているが、自宅でできるアフィリエイトや動画編集ならやってもいいのか?」
「少しでも家計の足しにするために単発のアルバイトをしたい」
こうした従業員からの声に対し、会社は休職中の副業を全面的に禁止できるのでしょうか。
結論から言えば、「原則として休職の目的に反する副業は禁止できるが、すべての副業を一律に禁止することは法的にリスクがある」というのが実務的な見解です。
本記事では、休職期間中の副業について、会社が禁止できるケース、従業員・企業双方のリスクと適切な対応策について詳しく解説します。
「休職」の制度趣旨
休職制度は、本来であれば労働契約に基づいて提供されるべき労務が、傷病や自己都合などの特別な事由によって提供できなくなった際、会社が解雇を猶予するために設けられる制度です。法的に必ず設置しなければならない制度ではありませんが、多くの企業が福利厚生や解雇回避の手段として就業規則に定めています。この制度の核心は、労働義務を一時的に免除する代わりに、その期間を「労働能力を回復させ、職場へ復帰するための準備期間」に充てるという点にあります。
そのため、休職は単なる休暇とは性質が根本的に異なります。労働者は休職期間中、病気や怪我の治療に専念し、一日も早い復職を目指す「療養専念義務」を負うことになります。会社側から見れば、解雇という選択肢を保留して籍を維持し続けている状態であるため、従業員がその趣旨に反して自由に過ごしたり、ましてや他の仕事で利益を得たりすることは想定されていません。

療養への専念義務違反と判断されるリスクを知る
従業員が私傷病を理由に休職している場合、その期間の最大の目的は治療に専念し、一日も早く元の業務へ復帰することにあります。この法的な義務を療養専念義務と呼びます。休職制度は本来、労務提供が不可能な労働者に対し、会社が解雇を猶予して身分を保障する特別な措置です。そのため、療養中にアルバイトや業務委託といった心身に負荷のかかる副業を行う行為は、この義務に著しく違反するとみなされる可能性が極めて高いといえます。

もし休職中の従業員が他所で稼働できるほどの体力や気力を有しているのであれば、それは「休職事由がすでに消滅しており、本来は復職すべき状態である」か、あるいは「制度を不適切に利用している」と判断せざるを得ません。このような義務違反が悪質であると認められた場合、会社は就業規則に基づき、懲戒処分や場合によっては普通解雇を検討することが法的にも可能です。
ただし、うつ病などのメンタルヘルス不調においては、主治医が社会復帰のリハビリテーションとして、ブログ執筆や軽微なハンドメイド販売といった負担の少ない活動を推奨するケースも存在します。こうした活動が治療に有効であると医学的に判断された場合、会社は主治医の診断書を確認した上で、個別に許可を出す余地はあります。しかし、これらはあくまで治療プロセスの一環として許容されるものであり、継続的な利益を目的とした本格的な営利活動は、依然として療養専念義務違反のリスクを孕んでいる点に注意が必要です。会社としては、安易に副業を認めず、復職に向けた活動であることを厳格に見極める姿勢が求められます。
会社が休職中の副業を禁止・制限できる4つの正当な理由
厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」でも、会社が労働者の副業を制限できる合理的な理由が示されています。これを休職中のケースに当てはめると、以下の4つのいずれかに該当する場合、会社は副業を明確に禁止・懲戒の対象とすることができます。
1. 労務提供上の支障がある場合(療養専念義務・休職目的違反)
前述の通り、私傷病休職中の副業は「療養を妨げる行為」に直結します。深夜に及ぶアルバイトや、精神的ストレスのかかる接客業などをしていれば、病気の回復は遅れ、本業への復帰時期が延びることになります。これは会社にとって明確な損害であり、副業を禁止する最も強力な理由となります。
2. 企業秘密が漏洩する恐れがある場合
休職中であっても従業員は会社の機密情報(顧客データ、技術情報、経営戦略など)にアクセスした過去の記憶やデータを持っています。同業他社でアルバイトをする、あるいは競合するビジネスを自ら立ち上げるといった副業は、情報漏洩のリスクが極めて高いため、明確に禁止できます。
3. 競業避止義務に反する場合
会社と競合する事業を行うことは、休職中・就業中を問わず労働契約における誠実義務違反となります。会社の利益を不当に奪うような副業は、たとえ休職中であっても厳しく罰せられます。
4. 会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
休職中であるにもかかわらず、公の場で派手な活動(例:YouTuberとして顔出しで毎日配信活動を行い、それが社内外に知れ渡るなど)を行ったり、反社会的勢力と関わりのある仕事や公序良俗に反する仕事(違法な風俗営業など)に従事したりした場合、会社の社会的信用を大きく損なうため禁止・処罰の対象となります。

休職中の副業が発覚した場合のリスク(従業員側)
休職中の副業が会社に発覚した場合、従業員は何らかの処分を受ける可能性が高いです。
処分の内容は、副業の態様、本業への影響度、会社の就業規則などを総合的に考慮して決定されます。
軽微なケースであれば厳重注意や始末書の提出で済むこともありますが、会社の信用を著しく損なったり、療養を意図的に怠ったりするなどの悪質なケースでは、懲戒処分(減給、出勤停止など)や、最悪の場合は普通解雇や懲戒解雇の対象となることもあり得ます。
1.懲戒処分(最悪の場合は懲戒解雇)

休職の趣旨に反する副業を無断で行っていた場合、就業規則の懲戒事由(業務命令違反、職務専念義務・誠実義務違反など)に該当し、戒告、減給、出勤停止などの懲戒処分を受ける可能性があります。
特に「うつ病で休んでいると偽り、実際には他社でフルタイムで働いていた」ような悪質なケースや、会社の機密情報を利用した競業行為を行っていた場合は、会社との信頼関係が完全に破壊されたとみなされ、懲戒解雇が有効と判断された過去の裁判例も存在します。
2.傷病手当金・各種給付金の返還請求および不正受給問題
私傷病休職中、多くの従業員は健康保険組合から「傷病手当金」を受け取っています。傷病手当金は「療養のために労務に服することができない」ことが支給要件です。
もし副業で収入を得ていることが発覚した場合、健康保険組合は「労務に服することが可能だった」と判断し、傷病手当金の支給停止や、過去に受け取った金額の一括返還を求める可能性が高いです。悪質な場合は詐欺罪に問われるリスクすらあります。
育児休業給付金についても同様で、規定の就労日数・時間を超えて働いていた事実を隠して給付金を受け取っていれば、不正受給となります。
3.復帰の取り消し・休職期間満了による退職
副業により療養が遅れ、休職期間満了日までに「本来の業務を行える健康状態」に回復しなかった場合、多くの会社の就業規則では「自然退職」または「解雇」となります。懲戒処分という形式的な罰則だけでなく、会社との信頼関係が著しく損なわれるという実質的なリスクも存在します。
「療養に専念すべき期間に隠れて別の仕事をしていた」という事実は、復職後の上司や同僚との円滑な人間関係の再構築を困難にします。目先の副業収入を得たがために、本来の居場所である正社員としての地位を失うことになります。
企業側が取るべき実務上の対応と体制整備
従業員の休職中の副業によるトラブルを防ぐため、企業や人事担当者はあらかじめ適切な制度設計と運用を行う必要があります。
1.就業規則の整備と周知
会社が従業員に対して懲戒処分を下すためには、その根拠となる規定が就業規則に明記されており、かつその内容が従業員に周知されていることが法的な大前提となります。休職中の副業を適切に制限し、トラブルを未然に防ぐためには、まず自社の就業規則や副業規程、休職規程を見直す必要があります。
具体的には、単に「副業を禁止する」という抽象的な表現に留めず、
「私傷病休職中の副業は、療養専念義務に基づき原則禁止とする」
「休職中に副業を行う場合は、休職理由にかかわらず、事前に会社の許可を得なければならない」
「無断で副業を行い、休職の目的に反した場合は懲戒処分の対象とし、休職を取り消すことがある」といった旨を明文化することが重要です。
また、許可制を採用している場合でも「休職中の副業申請は原則として不許可とするが、主治医の診断に基づきリハビリテーションの一環として認められる特段の事情がある場合に限り、個別に判断する」といった詳細な基準を設けることが望ましいです。
さらに、これらの規定を定めただけでは不十分であり、全従業員がいつでも内容を確認できる状態に整えておく周知徹底が欠かせません。入社時の説明会や社内ポータルサイトへの掲示などを通じて、休職中の副業が療養専念義務違反や契約違反に該当し、懲戒処分の対象となり得ることを明確に伝えておく必要があります。このように制度を整備し周知しておくことで、万が一無断副業が発覚した際にも、会社は客観的な根拠に基づいて厳正な対応を進めることが可能になります。
2.休職開始時の書面交付と面談、誓約書の取得
従業員が私傷病によって休職に入る際、会社は対象者に対して休職の目的やルールを明確に示さなければなりません。まず実務として重要なのは、休職命令書や休職辞令といった書面を交付することです。この書面には休職期間の開始日と満了日だけでなく、休職が「療養に専念し、早期の復職を目指すための期間」であることを明記します。これにより、休職が単なる長期休暇ではなく、労働義務が免除される代わりに療養義務が生じる特別な期間であることを法的に定義づけます。
さらに、休職開始時には必ず面談を実施し、必要事項を網羅した誓約書を取得することがトラブル防止の鍵となります。面談では、傷病手当金の受給要件として労務不能状態であることが前提である点や、療養を妨げる副業が判明した場合には支給停止や返還のリスクがあることを具体的に伝えます。併せて、無断での副業は就業規則違反として懲戒処分の対象になることも丁寧に説明してください。
これらの内容を盛り込んだ誓約書に署名・捺印を求めることで、従業員の自覚を促すとともに、後に副業が発覚した際に「会社から禁止されているとは知らなかった」といった言い逃れを封じることができます。体調不良で対面が難しい場合でも、書面郵送やオンラインツールを活用し、必ず双方向の意思疎通と記録の保管を行うように徹底しましょう。
3.定期的な状況確認の実施
休職期間中は従業員を放置せず、月に1回程度のペースで、人事または産業医が体調や生活状況のヒアリング(電話やメール、可能であれば面談)を行います。
このコミュニケーションの過程で、不審な点(SNSでの活動が活発すぎる、他で働いているような発言があるなど)がないかを確認します。ただし、過度な監視やプライバシーの侵害とならないよう、あくまで「復帰に向けたサポート」の姿勢で行うことが重要です。

副業発覚時の慎重な事実調査と対応
もし休職中の副業が疑われる場合、いきなり処分を下すのは非常に危険です。まずは本人との面談を実施し、事実関係(副業の内容、頻度、収入、主治医の見解など)を客観的にヒアリングします。
・主治医がリハビリとして許可しているか?
・休職の目的に実質的な悪影響を与えているか?
・就業規則のどの部分に違反しているか?
これらを慎重に検討し、必要に応じて産業医や労働問題に強い弁護士に相談した上で、指導、注意、あるいは懲戒処分などの適切なステップを踏む必要があります。
まとめ
休職中の従業員による副業は、就業規則違反や療養専念義務違反に該当する可能性が高く、多くのリスクを伴います。
傷病手当金の不正受給と判断される危険性もあり、発覚した場合には懲戒処分の対象となり得ます。
会社としては、従業員の健康回復と円滑な職場復帰を最優先に考え、原則として副業を認めないという毅然とした対応が求められます。
特に公務員の場合は、法律によって副業が厳格に制限されており、休職中であっても許可なく行うことはできません。
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執筆:吉田 優一(社会保険労務士法人ONE HEART 代表・社労士)
社会保険労務士法人ONE HEARTの代表社労士。慶應義塾大学中退後、社会保険労務士試験に合格。その後社会保険労務士法人に勤務し、さまざまな中小企業の労務管理アドバイス業務に従事する。その中で、正しいノウハウがないためヒトの問題に悩む多くの経営者に出会う。こうした経営者の負担を軽減しながら、自らも模範となる会社づくりを実践したいという想いから、社会保険労務士法人ONE HEARTを設立。


