コラム

【働き方】スタッフを取締役に抜擢する時の注意点

【働き方】スタッフを取締役に抜擢する時の注意点

このコラムは、Podcastラジオ “社労士吉田優一の「10分で労務がわかるラジオ」” 第176回の配信をもとに書かれた記事です。

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目次

「うちに本当に優秀なスタッフがいて、取締役に抜擢してもっと活躍してほしいんです」

経営者の方と話していると、こうした前向きな相談をいただく機会が少なくありません。会社の成長過程で生まれる、嬉しい悩みのひとつです。

ただ、役員登用はその喜びとともに、見落とされがちなリスクも内包しています。「労働者」として守られてきた立場から「経営者」へと変わることの意味を、会社と本人の双方がきちんと理解しないまま進めると、善意の決断が後々のトラブルの火種になることがあります。抜擢される側にとっても、迎え入れる会社にとっても、その変化の全体像を把握しておくことが、長く良い関係を築くための秘訣となります。

取締役就任で適用外となる「労働保険」を理解する

取締役への就任は、単なる役職の格上げではありません。法律上の立場が「雇われる側(労働者)」から「雇う側(経営者)」へと根本から変わることを意味します。これまで当然のように享受してきた労働者向けの保護制度の多くが、原則として適用されなくなります。

なかでも影響が大きいのが、労働保険の取り扱いです。業務中のケガや疾病を補償する労災保険、そして退職後の生活を支える雇用保険は、取締役就任後は原則として加入できなくなります。万が一、役員が職務中に負傷しても労災保険は使えず、治療費は原則として自己負担です。また、事業の縮小などで退任を余儀なくされても、雇用保険の給付は受けられません。

これらは、本人の生活に直結する重要な変化です。役員登用を正式に伝える前に、こうした保障の変化をひとつひとつ丁寧に説明し、十分に理解・納得してもらう必要があります。

役員登用後に変わる「働き方」と「報酬の考え方」

役員になると、日常の働き方のルールも大きく様変わりします。取締役には労働基準法が原則として適用されないため、勤怠管理の対象外となり、残業代の概念もなくなります。有給休暇の権利も、取締役就任と同時に消えます。

その代わりに与えられるのが、出社時間や業務の進め方に縛られない広い裁量です。役員報酬は「費やした時間」への対価ではなく、経営への参画と結果に対する責任の対価に位置づけられます。報酬の決め方も労働者とは異なり、税務上の「定期同額給与」のルール(法人税法上の損金算入要件)に従い、事業年度を通じて毎月同額を支払う形式が基本です。

「決められた時間を働く」から「自分で結果を生み出す」へ。この意識の転換が自然にできる人材かどうかが、役員として真に活躍できるかの分かれ目になります。昇格の話をする前に、そのキャリア観ごと腹を割って話せているかどうかが、じつは最も大切な準備かもしれません。

取締役が背負う「法的責任」の重さを正しく共有する

役員登用の場面で最も見落とされやすいのが、取締役が個人として負う法的責任の大きさです。私自身、以前に社外取締役の就任を打診された際、信頼する弁護士から「よほど信頼できる会社でなければ、軽い気持ちで引き受けない方がいい」と言われたことがあります。その言葉の重さを実感したのを記憶しています。

取締役は、経営判断の誤りや善管注意義務(その立場にある者として通常求められる注意をもって職務にあたる義務)の違反によって第三者に損害を与えた場合、個人として損害賠償責任を負うことがあります。金額が相当高額にのぼるケースもあり、労働者として働くことのリスクとは質が異なります。

こうしたリスクへの備えとして「D&O保険(役員賠償責任保険)」があります。役員が訴訟を起こされた際の賠償金や弁護士費用などを補償する保険で、上場企業はもちろん、中小企業向けの商品も存在します。会社としての加入を検討するとともに、就任前に本人へ責任の範囲をきちんと伝え、覚悟を持って臨んでもらうことが、互いの信頼関係を維持するうえで欠かせません。

現場に立つ役員を守る「労災保険の特別加入」制度

取締役は原則として労災保険の対象外です。しかし、社長や役員が現場に直接出ることが珍しくない中小企業においては、これが大きな不安要素になります。建設業や製造業をはじめ、ケガのリスクを伴う職場では、万が一の事故が経営者本人を直撃する可能性も否定できません。

そのような状況に対応できる仕組みが「労災保険の特別加入」です。本来は加入対象外である役員でも、一定の要件を満たすことで労災保険に特別加入できる制度です。デスクワーク中心の役員には必要性が低いケースもありますが、現場を抱える業種であれば、この制度の活用を強くおすすめします。

あわせて確認しておきたいのが、登記上の住所の扱いです。取締役に就任すると、氏名と住所が登記簿に記載されます。プライバシーを理由に住所の非表示を希望する場合は、一定の条件のもとで対応が可能ですので、司法書士等に事前に相談しておくと安心です。

「名ばかり取締役」が会社にもたらす深刻なリスク

最後に、役員登用で最も慎重に避けなければならないケースを取り上げます。それは、残業代の支払いを回避する目的でスタッフを取締役に昇格させるという発想です。

労働基準法は、肩書きではなく「実態」で判断します。登記簿に名前があっても、日常的に上司の指揮命令を受けて一般の従業員と同じように働いており、経営判断に実質的に関与していないと認められる場合、その人は法律上「労働者」とみなされます。過去の裁判例においても、役員という肩書きを持ちながら実態が一般従業員と変わらなかったとして、会社に未払い残業代の支払いを命じたケースがあります。

形だけの役員登用は、後に会社の重大な法的リスクとなって跳ね返ってきます。役員として機能させるためには、経営判断への実質的な参画機会と権限をセットで設計することが不可欠です。名実ともに「経営を担う立場」として迎え入れる体制を整えてこそ、抜擢の意義が生まれます。

まとめ

スタッフを取締役に抜擢することは、会社の成長を加速させる力強い一手になり得ます。ただし、立場の変化・責任の増大・各種保障の適用除外といった現実の側面を丁寧に整理しておかなければ、善意の人事がお互いにとって不幸な結果を生むことにもなりかねません。

社会保険労務士法人ONE HEARTでは、役員登用にあたっての契約・規程の整備、労働基準法の観点からのリスク確認、労災保険の特別加入手続きのサポートなど、役員昇格に関わる労務上の課題に幅広く対応しています。

「優秀な人材をきちんとした形で役員に迎えたい」とお考えの経営者の方は、ぜひ当法人のホームページからお気軽にお問い合わせください。初回のご相談は無料で承っております。

また、社会保険労務士法人ONE HEARTはITツールを組み合わせて、効率的な労務管理を作り、会社の発展に貢献します。急成長するスタートアップから、長年続く老舗企業まで、幅広いクライアント様をご支援させていただいています。

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吉田 優一(社会保険労務士法人ONE HEART 代表・社労士)

執筆:吉田 優一(社会保険労務士法人ONE HEART 代表・社労士)

社会保険労務士法人ONE HEARTの代表社労士。慶應義塾大学中退後、社会保険労務士試験に合格。その後社会保険労務士法人に勤務し、さまざまな中小企業の労務管理アドバイス業務に従事する。その中で、正しいノウハウがないためヒトの問題に悩む多くの経営者に出会う。こうした経営者の負担を軽減しながら、自らも模範となる会社づくりを実践したいという想いから、社会保険労務士法人ONE HEARTを設立。

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