このコラムは、Podcastラジオ “社労士吉田優一の「10分で労務がわかるラジオ」” 第181回の配信をもとに書かれた記事です。
Podcastでは、給与・報酬の設計を中心に、会社を経営していくうえでぶつかる人事の課題についてお話ししています。ぜひフォローをお願いします!
「また今年も最低賃金が改定された。対象者の給与を上げれば、それで終わりだろうか」
毎年秋の改定時期になると、こうした問いを抱えながら対応に追われる経営者・人事担当者の方がいらっしゃいます。しかし、最低賃金への対応は「該当者の給与額を修正する」という作業だけでは完結しません。
給与体系の歪み、人件費全体のバランス、さらにはビジネスモデルの持続性まで、波及する論点が生じます。今回は、最低賃金引き上げを機に経営者・人事担当者が押さえておきたい実務上のポイントを、順を追って整理します。
最低賃金引き上げ後にまず行う、給与の点検
最低賃金が改定された際にまず着手すべきは、自社の全従業員の賃金が新しい基準を下回っていないかという確認作業です。
時給制の従業員であれば、改定後の金額と照らし合わせるだけで判断できます。一方、月給制の場合は手順が増えます。月平均所定労働時間を算出したうえで月給額を時給に換算し、改定後の最低賃金と比較するという作業が必要になるからです。誤ったまま放置すると、知らぬ間に法令違反の状態が生じることがあります。
見落とされやすい点として、最低賃金の比較対象から除外される手当があります。皆勤手当などは総支給額には含まれていても、最低賃金との比較計算には算入しないというルールです。総支給額で確認すれば十分と思い込んでいると、このルールを見落とすリスクがあります。複数の都道府県に拠点を持つ企業では、地域ごとに異なる基準への対応が求められるため、点検作業はさらに緻密さを要します。改定のたびに体系的な確認の手順を整えておくことが、ミスを防ぐうえで効果的です。
給与テーブルの「序列の逆転」という見えにくいリスク
最低賃金引き上げへの対応において、給与額の修正と同じくらい重要なのが、給与テーブル全体の整合性の確認です。
最低賃金付近にいた従業員の給与を引き上げた結果、それよりも高い責任・能力水準にある従業員との賃金差がほとんどなくなってしまう、いわゆる「序列の逆転」が生じることがあります。これは現場でよく起こる問題でありながら、対応が後手に回りやすい点でもあります。
積み上げてきた経験や能力が給与に反映されないと感じた社員は、働く意欲を失うか、より待遇のよい職場を探すかという選択に向かいます。適切な対応は、底上げされた部分に連動して給与テーブル全体を見直すことですが、人件費の総額管理や管理職の処遇との兼ね合いが絡む分、経営判断としての重みがあります。こうした調整は場当たり的に行うと混乱を招きやすいため、賞与原資や昇給ルールとあわせて制度として整理しておくことが望ましいといえます。
人件費上昇への対応策としての業務効率化とAI活用
最低賃金が継続的に引き上げられる環境において、人件費の増加を前提としながら、いかに高い付加価値を生み出すかという視点は欠かせません。
単純作業の自動化やAI・業務ツールの導入は、その有力な手段の一つです。注意したいのは、こうした取り組みを「人員を抑えるための施策」ではなく、会社の中核を担う人材に適切な処遇を確保するための原資を生み出す投資として位置づけることです。また、残業時間の見直しをはじめとした「時間の使い方の改善」も、労務コスト管理の観点から改めて重要性が増しています。
テクノロジーの活用によって組織の生産性を底上げすることは、賃金水準が上昇し続ける局面においても持続的な経営を支える基盤となります。人件費を抑えることを目的とするのではなく、業務の質と効率を高めることで、賃金上昇に見合う価値を生み出す組織体質を築くという発想が、今の時代には求められています。
顧客単価・サービス構成の見直しという経営的判断
社内の効率化を進めてもなお、人件費の増加分をカバーしきれない場合には、収益構造そのものの見直しが必要になります。具体的には、サービスのメニュー設計や顧客単価の設定を根本から問い直すことが選択肢に入ってきます。
飲食業であれば回転率の向上や商品構成の組み替え、サービス業であれば提供価値を再定義したうえでの価格改定といった対応が考えられます。価格の引き上げに踏み切るには相応の判断が必要ですが、人件費の構造的な上昇が続く以上、現状の単価設定にこだわることが経営リスクになる局面もあります。自社への影響が限定的に見える場合でも、同業他社の対応が市場全体の競争環境を変えることがあるため、業界の動向を注視しておく姿勢は大切です。最低賃金の引き上げを、自社のビジネスモデルを見直す契機として活用することが、中長期的な経営の安定につながります。
業務委託への切り替えが解決策にならない理由
最低賃金への対処として、雇用契約を業務委託契約へ切り替えるという方法を検討する経営者もいます。しかし、この手法は問題を回避するものではなく、別のリスクを生み出す可能性があります。
形式上を業務委託に変えたとしても、仕事の実態が雇用関係と変わらなければ、実態に基づいた法的判断がなされることがあります。その場合、安全配慮義務や時間外労働に相当する対価の問題は、契約の名称を変えることで解消されるものではありません。
リスク負担の原則から考えると、契約の安定性が低い業務委託契約はリスクが高いので、雇用よりも高い報酬が支払われるべき契約形態です。適切な労働条件を維持しながら収益性を高めるという本質的な課題に向き合うことが、企業としての信頼を守ることにもつながります。
まとめ
最低賃金の引き上げへの対応は、対象となる従業員の給与を修正するだけで終わるものではありません。給与計算の正確な点検にとどまらず、給与テーブル全体の序列の見直し、業務効率化への取り組み、そして必要であればサービス設計や価格構造の再検討まで、複合的な視点で戦略的に臨む必要があります。
法令を順守しながら従業員の納得感を確保し、企業の収益性も維持する。この両立は容易ではありませんが、早い段階で体制を整えることが、後の混乱を防ぐことにつながります。最低賃金の改定を、自社の給与体系と組織の仕組みを見直す好機として前向きに捉えていただければ幸いです。
社会保険労務士法人ONE HEARTでは、最低賃金の引き上げに伴う給与テーブルの再設計、就業規則の整備、生産性向上に向けた労務管理のアドバイスなど、変化に対応できる組織づくりを幅広くサポートしています。「給与体系を根本から見直したい」「自社の対応に抜け漏れがないか確認したい」といったお悩みをお持ちの方は、まずは無料相談をご活用ください。
また、社会保険労務士法人ONE HEARTはITツールを組み合わせて、効率的な労務管理を作り、会社の発展に貢献します。急成長するスタートアップから、長年続く老舗企業まで、幅広いクライアント様をご支援させていただいています。
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執筆:吉田 優一(社会保険労務士法人ONE HEART 代表・社労士)
社会保険労務士法人ONE HEARTの代表社労士。慶應義塾大学中退後、社会保険労務士試験に合格。その後社会保険労務士法人に勤務し、さまざまな中小企業の労務管理アドバイス業務に従事する。その中で、正しいノウハウがないためヒトの問題に悩む多くの経営者に出会う。こうした経営者の負担を軽減しながら、自らも模範となる会社づくりを実践したいという想いから、社会保険労務士法人ONE HEARTを設立。


