コラム

【社会保険】適用範囲拡大から考えること

【社会保険】適用範囲拡大から考えること

このコラムは、Podcastラジオ “社労士吉田優一の「給与設計相談室」” 第66回の配信をもとに書かれた記事です。

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目次

はじめに:「また人件費が増える…」その前に考えてほしいこと

「今度の制度改正で、また人件費が増えてしまう。何か対策はないだろうか」

社会保険の適用範囲拡大について、こんな相談を受けることが増えました。確かに、企業にとって保険料の負担が増えることは軽視できない問題です。しかし、この変化を単なる「コスト増」として捉えるか、それとも「人材獲得のチャンス」と捉えるかで、数年後の会社の姿は大きく変わっていきます。

本コラムでは、社会保険適用拡大という制度変更を、むしろ人材戦略の武器として活用する視点をご提案します。

社会保険適用拡大とは?まず制度の要点を整理

社会保険の適用範囲は、実は数年前から段階的に広がり続けています。従業員規模が大きい企業から順に対象が拡大され、2024年10月からは「従業員数51人以上」の企業が新たな対象となりました。

加入対象となる短時間労働者の条件

パートやアルバイトなどの短時間労働者が新たに社会保険の対象となるのは、以下の条件を満たす場合です:

  • 週の所定労働時間が20時間以上
  • 月額の所定内賃金が一定額以上
  • 雇用期間が2ヶ月を超える見込み
  • 学生ではない(一部例外あり)

この流れは、国が非正規雇用者のセーフティネットを拡充しようとする明確な方針です。一時的な制度変更ではなく、今後も続く大きな潮流と捉え、長期的な視点で準備を進める必要があります。

企業負担が増える現実と「会社分割」という安易な解決策

実際どれくらいのコストが増えるのか

適用拡大により、企業が最も懸念するのは人件費の増加でしょう。社会保険料は従業員と会社が折半で負担するため、新たに加入する従業員1人あたり、企業負担も相応に増えることになります。

月給が一定額の従業員の場合、給与から天引きされる保険料と、ほぼ同額を会社も負担することになります。つまり、人件費としては一定割合の増加となる計算です。

「会社分割」という提案の落とし穴

この負担を回避するため、一部では「会社を分割すれば従業員数の基準をクリアできる」という提案がなされることがあるようです。しかし、この安直な方法には大きな罠があります。

見落とされがちなコスト

法人を分割すれば、以下のようなコストが倍増します:

  • 税務申告費用(顧問税理士への報酬など)
  • 法務や労務の専門家との契約費用
  • 人事・給与システムのライセンス料
  • 各種管理業務の手間と時間

表面的な保険料負担の削減効果は、このような隠れたコストによって容易に相殺されてしまうのです。

「適用逃れ」が企業の未来を危うくする理由

会社分割のような適用逃れがもたらす最大の問題は、金銭的なコスト以上に、従業員の信頼を著しく損なう点にあります。

失われる従業員の信頼

経営計画の説明で「社会保険の適用を回避するために会社を分割します」と伝えられた従業員は、どう感じるでしょうか。

「会社は自分たちの福利厚生よりも、コスト削減を優先するのか」

こうした不信感は一度生まれると、簡単には消えません。

理念と行動の矛盾が組織を蝕む

多くの企業は「人を大切にする」といった理念を掲げています。しかし、制度の抜け道を探すような姿勢は、その理念と真っ向から矛盾します。この矛盾は組織文化を根底から揺るがし、以下のような悪影響をもたらします。

  • 優秀な人材の離職
  • 従業員全体のモチベーション低下
  • 生産性の低下
  • 企業イメージの悪化

目先のコストを惜しんだ結果、企業の未来を支える最も重要な資産である「人」を失うことは、経営判断として本末転倒と言わざるを得ません。

発想の転換:社会保険適用拡大を人材戦略の武器にする

ここで、発想を180度転換してみましょう。社会保険の適用拡大を「コスト」ではなく、「投資」として捉えるのです。

変わる労働市場のニーズ

近年の労働市場では、手取り額の多さよりも、安定した環境で安心して長く働きたいという志向が強まっています。特に人口減少社会に突入し、人材の獲得競争が激化する中では、企業の姿勢がこれまで以上に厳しく問われています。

社会保険加入がもたらす具体的なメリット

「うちは週20時間以上働けば、パートの方でも社会保険に加入できる会社です」

このアピールは、求人市場において強力な差別化要因となります。社会保険への加入により、従業員には以下のようなメリットがあります。

  • 将来の年金額が増える
  • 病気や怪我で休業した際の手当が受けられる
  • 出産時に手当が受けられる
  • 国民健康保険にはない手厚い保障

こうした安心材料を提供できることは、「人を大切にする会社」であることの何よりの証明です。優秀な人材を惹きつけ、定着させる上で大きな力となるでしょう。

人材戦略としての位置づけ

採用コストを考えてみてください。求人広告費、選考にかかる時間、新人教育のコスト…これらを考えれば、既存の従業員に長く働いてもらうための投資は、決して高いものではありません。

社会保険の適用拡大を「コスト増」ではなく「優秀な人材を確保・定着させるための戦略的投資」と捉えることで、企業の競争力は大きく変わります。

制度の潮流を読む:さらなる適用拡大を見据えて

さらに重要なのは、この流れが今で終わりではないという事実です。

将来の制度変更の方向性

政府の議論では、将来的には企業規模の要件そのものが撤廃される方向で検討が進んでいます。数年後には、対象企業の従業員数の基準がさらに引き下げられます。

今こそ準備を始めるとき

この長期的な政策の方向性を踏まえれば、一時しのぎの策がいかに無意味であるかは明らかです。仮に今、何らかの方法で適用を回避できたとしても、数年後には必ず対応が必要になります。

その時、再び同じ問題に直面し、場当たり的な対応を繰り返すのでしょうか。そのような対応は、多大なコストと混乱を生むだけであり、持続可能な経営戦略とは言えません。

今このタイミングで制度の趣旨に沿った対応を進め、誰もが安心して働ける社内体制を構築することこそ、数年先を見据えた最も合理的で賢明な経営判断といえます。

まとめ:変化をチャンスに変える経営判断を

社会保険の適用拡大は、多くの企業にとって避けては通れない経営課題です。しかし、これを単なるコスト増と捉え、安易な回避策に走ることは、従業員の信頼を失い、長期的な成長を阻害する危険な選択です。

今、経営者に求められる視点

  • 目先のコストではなく、長期的な人材投資として捉える
  • 従業員の信頼と安心を最優先に考える
  • 制度の潮流を正しく読み解き、先手を打つ
  • 人材不足時代の差別化戦略として活用する

手厚い福利厚生は、人材不足が深刻化する現代において、他社との差別化を図り、優秀な人材を確保するための最も有効な戦略の一つです。制度の変化に前向きに対応することこそが、企業の持続的な発展へとつながる道ではないでしょうか。

社会保険労務士法人ONE HEARTでは、今回の制度改正への具体的な対応はもちろん、これを機に貴社の人事労務戦略をより強固なものにするためのご提案が可能です。

適用拡大への対応にお悩みの経営者様、ご担当者様は、ぜひ一度、当社の無料相談をご活用ください。貴社の状況に応じた最適な対応策を、専門家がご提案いたします。

また、社会保険労務士法人ONE HEARTはITツールを組み合わせて、効率的な労務管理を作り、会社の発展に貢献します。急成長するスタートアップから、長年続く老舗企業まで、幅広いクライアント様をご支援させていただいています。

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吉田 優一(社会保険労務士法人ONE HEART 代表・社労士)

執筆:吉田 優一(社会保険労務士法人ONE HEART 代表・社労士)

社会保険労務士法人ONE HEARTの代表社労士。慶應義塾大学中退後、社会保険労務士試験に合格。その後社会保険労務士法人に勤務し、さまざまな中小企業の労務管理アドバイス業務に従事する。その中で、正しいノウハウがないためヒトの問題に悩む多くの経営者に出会う。こうした経営者の負担を軽減しながら、自らも模範となる会社づくりを実践したいという想いから、社会保険労務士法人ONE HEARTを設立。

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