従業員の雇入れに際して、企業には労働安全衛生法で定められた義務が課せられています。
特に「雇入れ時の健康診断」と「雇入れ時の教育」は、安全な職場環境を確保するために不可欠です。
これらの義務を怠ると罰則の対象となる可能性もあるため、人事・労務担当者は手続きや必要書類について正確に理解しておくことが重要です。
本記事では、雇入れ時の義務や具体的な進め方について詳しく解説します。
雇い入れとは?まず基本的な意味を理解しよう
「雇い入れ」とは、企業が労働者と雇用契約を結び、新たに迎え入れることを指す法律上の用語です。
一般的な言葉である「採用」や「入社」とほぼ同義で使われますが、特に労働安全衛生法などの文脈では、企業の法的な義務が発生する起点として重要な意味を持ちます。
この「雇い入れ」のタイミングで、企業は健康診断の実施や安全衛生に関する教育を行うことが法律で定められており、従業員の安全と健康を守るための第一歩となります。
「雇い入れ」の正しい読み方とビジネスにおける意味
「雇い入れ」は「やといいれ」と読みます。
ビジネスシーンにおいては、新しい従業員を雇用し、自社の組織に迎え入れる一連のプロセスを指す言葉として使用されます。
単に採用活動を終えるだけでなく、雇用契約の締結から入社手続き、そして従業員が業務を開始するまでの全ての段階が含まれるのが一般的です。
特に、ハローワークへの届け出や公的な手続きで正式な用語として用いられることが多く、企業の労務管理において正確に理解しておくべき重要なキーワードです。
労働安全衛生法における「雇い入れ」の定義
労働安全衛生法において「雇い入れ」は、事業者が労働者と労働契約を締結し、指揮命令下に置くことを指します。
この定義は、正社員だけでなく、契約社員やパートタイム、アルバイトといった雇用形態を問わず、常時使用するすべての労働者に適用される点が重要です。
また、派遣労働者の場合、雇い入れの義務を負うのは派遣先の企業ではなく、雇用契約を結んでいる派遣元の事業者となります。
この定義に基づき、事業者は労働者を雇い入れた際に、安全衛生教育や健康診断を実施する義務を負います。
企業に課せられる2つの法的義務!雇い入れ時に必須の対応
従業員を新たに雇い入れる際、企業には法律によって定められた2つの大きな義務が課せられます。
一つは「雇い入れ時健康診断」の実施、もう一つは「雇い入れ時安全衛生教育」の実施です。
これらは労働安全衛生法に基づき、すべての事業者に対して義務付けられています。
従業員の健康状態を把握し、安全な労働環境を提供することは企業の責任であり、これらの義務を怠った場合には罰則が科される可能性もあるため、確実な対応が求められます。
【義務①】雇い入れ時健康診断の実施
企業は、常時使用する労働者を雇い入れる際、労働安全衛生規則第43条に基づき「雇い入れ時健康診断」を実施する義務があります。
この健康診断の目的は、従業員の健康状態を把握し、適正な業務配置や入社後の健康管理に役立てることです。
診断結果によって採用の可否を判断することは原則として認められていません。
費用は企業が負担するのが基本で、法定の検査項目をすべて満たす必要があります。
この義務を怠ると、50万円以下の罰金が科される可能性があります。
【義務②】雇い入れ時安全衛生教育の実施
企業は、労働安全衛生法第59条に基づき、新たに従業員を雇い入れた際に「雇い入れ時安全衛生教育」を実施する義務があります。
この教育は、労働災害を防止し、従業員が安全に業務を遂行するために必要な知識を習得させることが目的です。
2024年4月からは、従来一部業種で省略が認められていた項目も含む全8項目の教育が、すべての業種で必須となりました。
この安全衛生教育を怠った場合も、50万円以下の罰金が科される可能性があります。
雇い入れ時健康診断の実施方法と注意点
雇い入れ時健康診断は、入社予定者の健康状態を把握し、適正な配置を行うために不可欠です。
実施にあたっては、対象となる従業員の条件を正確に理解し、法律で定められた検査項目を漏れなく実施することが重要になります。
また、診断の実施時期や費用負担、さらには結果の取り扱いについてもルールが定められているため、人事労務担当者はこれらの注意点を遵守し、適切に手続きを進める必要があります。
健康診断の実施先は特に指定されておらず、会社指定の医療機関または従業員が選んだ医療機関で受診してもらうことが可能です。
健康診断の対象となる従業員の条件(パート・アルバイト含む)
雇い入れ時健康診断の対象は「常時使用する労働者」です。
正社員に加えて、以下の条件を満たすパートタイマーやアルバイトも対象となります。
第一に、無期契約または1年以上の雇用が見込まれること。
第二に、週の所定労働時間が同種の業務に従事する正社員の4分の3以上であることです。
年齢による実施義務の区別はありません。
採用選考時に健康状態を理由に不当な差別を行うことは就職差別につながる可能性があるため、注意が必要です。
法律で定められた11項目の必須検査内容一覧
雇い入れ時健康診断では、労働安全衛生規則第43条で定められた以下の11項目の検査をすべて実施する必要があります。
定期健康診断とは異なり、医師の判断による項目の省略は認められていません。
既往歴および業務歴の調査
自覚症状および他覚症状の有無の検査
身長、体重、腹囲、視力および聴力の検査
胸部エックス線検査
血圧の測定
貧血検査(赤血球数、血色素量)
肝機能検査(GOT、GPT、γ-GTP)
血中脂質検査(LDLコレステロール、HDLコレステロール、血清トリグリセライド)
血糖検査
尿検査(尿中の糖および蛋白の有無)
心電図検査
健康診断の実施時期は入社前後3ヶ月以内
雇い入れ時健康診断の実施時期は、法律上「雇い入れの際」とされており、明確な期日は定められていません。
ただし、実務上は入社予定者が入社日の前3ヶ月以内に受診した健康診断の結果を提出した場合、企業が実施する雇入れ時健康診断を省略できると定められています。
この規定から、一般的に「入社予定日の前後3ヶ月以内」が実施期間の目安と解釈されています。
入社後の適正配置や健康管理に役立てるという目的を考慮すると、業務を開始する前か、入社後できるだけ速やかに実施することが望ましいです。
健康診断にかかる費用は会社が負担する
労働安全衛生法で事業者に実施が義務付けられている健康診断の費用は、当然に事業者が負担すべきものとされています。
雇い入れ時健康診断もこれに含まれるため、その費用は会社が全額負担するのが原則です。
従業員に一時的に立て替えてもらい、後日精算する形でも問題ありませんが、最終的に従業員負担とすることはできません。
ただし、従業員が任意で法定項目以外の検査を追加した場合、その超過分の費用については本人負担とすることも可能です。
従業員が提出した健康診断結果の取り扱いについて
従業員から提出された健康診断結果(個人票)は、労働安全衛生法に基づき、5年間の保存義務があります。
これらの情報は個人情報保護法における「要配慮個人情報」に該当するため、厳重な管理が求められます。
保管場所を施錠できるキャビネットに限定したり、データで管理する場合はアクセス権限を設定したりするなど、漏洩や紛失を防ぐための適切な措置を講じなければなりません。
また、健康状態を理由に採用内定を取り消すなど、不当な取り扱いをすることは禁止されています。
雇い入れ時安全衛生教育で教えるべき内容
雇い入れ時安全衛生教育は、新たに入社する従業員が労働災害に遭うことなく、安全に業務を遂行できるようにするために実施されるものです。
この教育では、労働安全衛生法で定められた8つの項目を、業種に関わらずすべての従業員に対して教える必要があります。
教育内容は、機械の安全な取り扱い方や作業手順、整理整頓の重要性、緊急時の対応など、業務に潜む危険性や健康障害を防ぐための基本的な知識が中心となります。
安全衛生教育の対象となる全従業員
雇い入れ時安全衛生教育の対象は、新たに雇い入れたすべての労働者です。
これには、正社員だけでなく、契約社員、パートタイマー、アルバイト、日雇い労働者など、雇用形態を問わず全員が含まれます。
また、前職での業務経験の有無にかかわらず、教育を実施する義務があります。
特に、経験が浅い従業員や、異なる業種から転職してきた従業員に対しては、職場の危険性や安全ルールを正しく理解させるために、丁寧な教育を行うことが重要です。
全ての業種で実施が必須な8つの教育項目
労働安全衛生規則第35条により、雇い入れ時の安全衛生教育では以下の8項目を全業種で実施することが義務付けられています。
2024年4月1日の法改正で、従来は一部業種で省略可能だった1から4の項目も必須となりました。
機械等、原材料等の危険性または有害性およびこれらの取扱い方法
安全装置、有害物抑制装置または保護具の性能およびこれらの取扱い方法
作業手順
作業開始時の点検
業務に関して発生するおそれのある疾病の原因および予防
整理、整頓および清潔の保持
事故時等における応急措置および退避
その他、業務に関する安全または衛生のために必要な事項
安全衛生教育の具体的な実施方法(eラーニングや社内研修など)
安全衛生教育の実施方法に法律上の定めはなく、企業の状況に応じて柔軟に選択できます。
一般的には、社内の担当者が講師となり、座学や実技を交えた集合研修を行う方法があります。
その他、外部の専門機関が提供する講習会に従業員を参加させる方法や、時間や場所を選ばないeラーニングを活用する方法も有効です。
eラーニングは、動画教材を用いることで視覚的に分かりやすく、学習履歴の管理が容易であるという利点があります。
いずれの方法でも、法定の教育項目を網羅することが重要です。
安全衛生教育を怠った場合に科される罰則
労働安全衛生法第59条で定められた雇い入れ時安全衛生教育の実施は、事業者の義務です。
この義務を怠り、教育を実施しなかった場合、同法第120条に基づき、50万円以下の罰金が科される可能性があります。
労働災害が発生した際に教育未実施が発覚すると、安全配慮義務違反として企業の責任がより重く問われることにもなりかねません。
罰則を避けるためだけでなく、従業員の安全と健康を守るという企業の社会的責任を果たすためにも、教育は確実に行う必要があります。
【チェックリスト】雇い入れ時の手続きと必要書類
従業員の雇い入れの際には、法的な義務を遵守し、後のトラブルを防ぐために様々な手続きと書類の準備が必要です。
手続きには、雇用契約の締結、社会保険や雇用保険への加入、税務関連の届け出などが含まれます。
これらの手続きを円滑に進めるためには、会社側で準備する書類と、従業員から提出してもらう書類を事前にリストアップし、計画的に進めることが不可欠です。
法改正による必要事項の変更もあり得るため、常に最新の情報を確認し、次のステップに進むことが求められます。
会社が準備して従業員に渡す書類
従業員を雇い入れる際、会社は労働条件を明確にするための書類を準備し、交付する義務があります。
代表的な書類は「労働条件通知書」で、2024年4月からは就業場所・業務の変更の範囲の明示が義務化されました。
実務上は、労使双方の合意の証として「雇用契約書」と一体化した形式で作成されることが一般的です。
その他、入社後の手続きを円滑に進めるため「入社承諾書」や「身元保証書」の提出を求める場合は、これらの書類も会社側で用意し、事前に従業員へ渡します。
従業員から回収して提出してもらう書類一覧
従業員を雇い入れた後、社会保険や税金の手続きのために、以下の書類を提出してもらう必要があります。
年金手帳または基礎年金番号通知書
雇用保険被保険者証
源泉徴収票
給与所得者の扶養控除等申告書
健康保険被扶養者届
マイナンバーが確認できる書類
給与振込先の口座情報がわかるもの
通勤手当の申請に必要な書類
これらの書類は、手続きに期限があるため、速やかに回収することが重要です。
社会保険・雇用保険の加入手続きの流れ
従業員を雇い入れたら、社会保険(健康保険・厚生年金保険)と雇用保険の加入手続きを速やかに行います。
社会保険については、入社の事実があった日から5日以内に「被保険者資格取得届」を管轄の年金事務所または事務センターへ提出します。
雇用保険については、入社した月の翌月10日までに「雇用保険被保険者資格取得届」を管轄のハローワークへ提出する必要があります。
これらの手続きを怠ると追徴金が発生する可能性もあるため、期限内に確実に済ませることが重要です。
雇い入れに関するよくある質問
ここでは、従業員の雇い入れに関して、人事・労務担当者から寄せられることの多い質問とその回答を紹介します。
健康診断の受診拒否への対応や試用期間中の義務、過去の健診結果の利用可否など、実務で判断に迷いがちなケースを取り上げます。
Q. 雇い入れ時健康診断を従業員に拒否された場合はどうすればいいですか?
健康診断の実施は企業の法的義務であるため、まずは受診の必要性を丁寧に説明し、説得を試みてください。
それでも拒否される場合は、業務命令として受診を命じることが可能です。
正当な理由なく命令に従わない場合は、就業規則に基づき懲戒処分の対象となり得ます。
ただし、トラブルを避けるためにも、まずは粘り強い説得が重要です。
Q. 試用期間中の従業員にも健康診断や安全衛生教育は必要ですか?
はい、必要です。
試用期間中であっても、企業と労働契約を締結している労働者であることに変わりはありません。
労働安全衛生法上の「雇い入れ」に該当するため、健康診断の実施と安全衛生教育のいずれも法律上の義務となります。
試用期間の満了をもって本採用としない可能性がある場合でも、これらの義務は免除されません。
Q. 以前の職場の健康診断結果を提出してもらうことは可能ですか?
はい、可能です。
入社日から遡って3ヶ月以内に受診した健康診断の結果であり、かつ法定の11項目をすべて満たしている場合に限り、その診断書を提出してもらうことで雇い入れ時健康診断に代えることができます。
ただし、検査項目に不足がある場合は、不足分について追加で検査を受けてもらう必要があります。
まとめ
従業員の雇い入れ時には、労働安全衛生法に基づき「健康診断」と「安全衛生教育」の実施が義務付けられています。
健康診断は常時使用する労働者を対象とし、法定11項目の検査が必要です。
安全衛生教育は全業種・全雇用形態の労働者が対象で、8項目の内容を網羅しなければなりません。
これらの義務を怠ると罰則の対象となるため、手続きや必要書類を正確に把握し、法令を遵守した対応が求められます。
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執筆:吉田 優一(社会保険労務士法人ONE HEART 代表・社労士)
社会保険労務士法人ONE HEARTの代表社労士。慶應義塾大学中退後、社会保険労務士試験に合格。その後社会保険労務士法人に勤務し、さまざまな中小企業の労務管理アドバイス業務に従事する。その中で、正しいノウハウがないためヒトの問題に悩む多くの経営者に出会う。こうした経営者の負担を軽減しながら、自らも模範となる会社づくりを実践したいという想いから、社会保険労務士法人ONE HEARTを設立。


