このコラムは、Podcastラジオ “社労士吉田優一の「給与設計相談室」” 第106回の配信をもとに書かれた記事です。
Podcastでは、給与・報酬の設計を中心に、会社を経営していくうえでぶつかる人事の課題についてお話ししています。ぜひフォローをお願いします!
日々、多くの経営者や人事担当者の方から助成金活用のご相談をいただく中で、特に注目度が高いのが「キャリアアップ助成金」です。
助成金は、正しく活用すれば企業成長の強力な味方になります。ところが、その裏側にあるリスクや実務上の負担を理解せずに飛びつくと、かえって会社に不利益をもたらしかねません。社労士の視点から、キャリアアップ助成金に潜む落とし穴を詳しく解説していきます。
キャリアアップ助成金とは?本来の目的を理解する
キャリアアップ助成金、特に「正社員化コース」は、非正規雇用で働く方々を正社員に転換することで、企業内でのキャリアアップを促進する制度です。現在の日本では、正社員と契約社員やパート、派遣社員といった雇用形態の間に、賞与や退職金、福利厚生などの待遇面で大きな格差が存在しています。
この格差に風穴を開け、意欲ある労働者が正社員として活躍できる道筋を作ることが、この助成金の目的です。厚生労働省も非正規雇用労働者の処遇改善を喫緊の課題としており、正社員化を通じた労働条件の向上を推奨しています。
ただし、実務の現場では、単に「人を雇えばお金がもらえる制度」として、その目的がやや形骸化して捉えられている側面も否定できません。一般的な受給コースであれば、1人あたり40万円が支給されるため、その金額に目が向きがちですが、まずはこの制度が「格差是正」という目的を持っていることを再認識する必要があります。

デメリット1:採用力の大幅な低下を招く契約社員スタート
中小企業やスタートアップでこの助成金を利用する場合、「まずは半年間、契約社員として採用し、その後に正社員へ転換する」という流れを組むケースが非常に多く見られます。ところがここに、大きな落とし穴があります。それは「採用力の大幅な低下」です。
深刻な人手不足が続く今の時代、優秀な人材はどこも引く手あまたです。そうした方々は「正社員」としての安定した立場を強く求めています。求人票に「契約社員」と記載するだけで、応募者数が激減してしまう業種も少なくありません。また、正社員募集として採用募集がされている場合であっても、注釈で「有期雇用労働者として雇う場合がある」と記載しなければならないルールもあります。
面接の段階で「当社では半年間、契約社員からスタートします」と説明された求職者は、どう感じるでしょうか。「正社員だと思って応募したのに、聞いていた話と違う」「信頼できない会社だ」と感じ、内定を辞退されてしまうリスクは非常に高いと言えます。助成金という目先のお金を優先するあまり、最も大切な「良い人材の確保」を逃してしまっては本末転倒です。

デメリット2:不正受給のリスクと社会的信用の喪失
採用力を落としたくないからと、面接で「半年後には必ず正社員にするから安心してください」と約束すればいいと考える経営者の方もいらっしゃいます。しかし、これは絶対に行ってはいけません。
なぜなら、採用当初から正社員転換を約束している場合、それは実質的に「最初から正社員として雇うべきものを、助成金のために形式だけ有期雇用にしている」とみなされ、助成金の対象外となるからです。この状態で申請を行うと、「不正受給」と判断されます。
労働局では不正受給に対して厳しい態度で臨んでおり、意図的かどうかにかかわらず、ルールの誤認によって重大な責任を問われるケースが増えています。「みんなやっているから大丈夫」「バレなければいい」という安易な考えは、企業の根幹を揺るがす事態を招きかねません。
万一、不正受給が発覚した場合、単に受給した金額を返還すれば済むという話ではありません。最も大きなダメージは、各都道府県労働局のホームページに「不正受給を行った企業」として会社名が公表されてしまうことです。
現代社会において、企業名は常に検索の対象となります。取引先や顧客、そしてこれから入社を検討する求職者が会社名を検索した際、検索結果の1ページ目に「助成金不正」の文字が並んでしまったらどうなるでしょうか。取引の中止や信用力の低下は避けられません。
さらに、金融機関からの融資やベンチャーキャピタルからの資金調達を検討している場合、こうしたコンプライアンス違反の事実は致命的なマイナス要因となります。金融機関や投資家は、企業のコンプライアンス体制を厳しくチェックします。「嘘をついて公金を不適切に得ようとした会社」と見なされれば、ビジネスの拡大に必要な資金調達の道が閉ざされてしまうのです。一度失った信用を回復するには、受給した助成金の何十倍ものコストと時間が必要になることを忘れてはいけません。

デメリット3:給与制度の歪みが組織に与える副作用
キャリアアップ助成金の受給には、厳格な賃金規定の整備が求められます。たとえば、正社員転換時に賃金を3%以上昇給させなければならない、あるいは正社員と非正規社員の間で明確な待遇差を設けなければならない、といったルールがあります。
これが会社の本来の給与体系や人事戦略と合致していれば問題ありませんが、助成金をもらうために不自然に半年後に3%昇給させる制度は副作用が生じます。会社の評価基準に基づかない昇給制度は、既存社員との不公平感を生んだり、将来的な人件費負担を過度に重くしたりする原因となります。
従業員から「なぜこのような給与制度になっているのか」と問われた際、経営者が自信を持って説明できない制度は、組織のエンゲージメントを低下させます。助成金に合わせた「歪んだ給与体系」は、長期的に見て組織運営の足かせになる可能性があるのです。助成金を申請する際は、それが自社の10年後、20年後の人事戦略にどう影響するかまでを慎重にシミュレーションする必要があります。
まとめ
キャリアアップ助成金は、確かに大きな金額を受け取れる魅力的な制度です。しかし、採用力の低下、不正受給のリスク、社会的信用の喪失、そして昇給制度の歪みといった多くのデメリットやリスクが背中合わせになっています。
社会保険労務士法人ONE HEARTでは、単に「助成金が通るかどうか」だけでなく、その会社にとってその助成金の活用が長期的な成長にプラスになるのか、あるいはリスクになるのかを、経営者様の立場に立って誠実に判断し、アドバイスを行っております。
急成長を遂げる企業が、後々になって労務管理の不備で後悔することのないよう、私たちは「後悔しない働き方の設計」を提供しています。助成金の活用や適切な労務管理の体制構築についてお悩みの方は、ぜひ一度弊社のホームページからお問い合わせください。初回の相談は無料にて承っております。リスクを最小限に抑え、会社の未来を創るための最適なパートナーとして、皆様をサポートさせていただきます。
また、社会保険労務士法人ONE HEARTはITツールを組み合わせて、効率的な労務管理を作り、会社の発展に貢献します。急成長するスタートアップから、長年続く老舗企業まで、幅広いクライアント様をご支援させていただいています。
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執筆:吉田 優一(社会保険労務士法人ONE HEART 代表・社労士)
社会保険労務士法人ONE HEARTの代表社労士。慶應義塾大学中退後、社会保険労務士試験に合格。その後社会保険労務士法人に勤務し、さまざまな中小企業の労務管理アドバイス業務に従事する。その中で、正しいノウハウがないためヒトの問題に悩む多くの経営者に出会う。こうした経営者の負担を軽減しながら、自らも模範となる会社づくりを実践したいという想いから、社会保険労務士法人ONE HEARTを設立。


